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あれから2年 ~311という日~

既に日付は変わってしまったが、本日は3月11日(月)。

先週の出張はかなり効率の悪い移動ばかりで、大阪→鳥取→仙台→大阪→仙台・・・という移動だった。震災から早2年。改めて追悼の念を抱きつつ、3月9日(土)に仙台空港の屋上に立ってみた。夏日のようだった大阪に比べれば、仙台は強風でまだまだ風が冷たかった。

昔の記事に、仙台(名取)のエコなホテルを取り上げたことがあったが、この翌日、ホテルでタクシーを呼んだ。最寄駅の名取まで乗るつもりだったが、老年の女性ドライバーが、空港までそんなに遠くないと言うので、復興支援の一環にもなるし(と言っても自腹ではなく会社の経費なのだが・・・)、そのまま空港まで乗ることにした。

ポツポツと会話をしつつ、空港に向かう。美田園駅付近を通過し、既に見慣れてしまった荒れ果てた景色の中をタクシーが進む。自ずと震災の話になってしまったが、突如、女性ドライバーが色々と話をしてくれた。

そのタクシー会社は、『閖上』、という場所にある。この漢字で、『ゆりあげ』、と読む。この漢字は、この地名以外に使われることはない特別な漢字とのこと。そして、海岸線から最も近いタクシー会社だった。彼女の家も御先祖様の墓石も流され、震災当日、閖上の公民館に避難した方々は皆流されてしまったそうだ。

震災当日、彼女は勤務中だった。震災直後、仙台市内に居る息子さんと携帯が繋がり、”とにかく海から離れて西に逃げろ!”、という息子さんの指示に従い、海を背にして必死に運転した、という。

結果、彼女は助かった。『家も無いのに、ローンだけが残ったのよ・・・』、と笑いながら、『生きているのも辛くて、そのまま流されちゃえば良かったと思ったりもするし、昔は震災のことを思い出すだけで涙が出てきたけど、最近ではこうやって話せるようになったのよ・・』、との言葉に、どう返せば良いのかわからなかった。

結局、気の利いた言葉を返せるでもなく、『流されちゃったらその時点でお終いでしたよね。生きていれば良いことある、と思って、生きていくしかないですよね、きっと・・・』、などと慰めにもならない言葉を答えた次第。

その日は2012年11月9日。先週末より4か月前のことだったが、その頃の写真と比較掲載してみたい。

9th/Nov/2012
20121109_2.jpg

9th/Mar/2013
20130309_3.jpg

9th/Nov/2012
20121109_3.jpg

9th/Mar/2013
20130309_2.jpg

コンデジでの撮影で分かりにくいとは思うが、新旧の写真には大きな差がある。良くみると、以下の写真のような防波堤が海岸線に沿って建設されている。
20130309_4.jpg

昔は、このあたりは本当に綺麗な海岸線だった。しかし、あれだけの大災害の後、海岸線が綺麗だった、と悠長なことは言っていられないだろう。あまりにも犠牲が大き過ぎた。

2012年11月9日。その日、いざ搭乗する段になって、突然、虹が現れたので、窓ガラス越しに撮影してみた。虹を強調するために画像処理を加えてあるが、肉眼でもはっきり見える虹だった。複雑な思いで虹を眺めた記憶が蘇ってきた。
20121109_1.jpg

その日、女性ドライバーに支払を済ませた時、”これ、どうぞ”、と言ってポケットティッシュを下さった。
20130311.jpg

今は閖上を離れ、仙台市寄りのアパート暮らしとのこと。それでも、できれば閖上に戻りたい、とおっしゃっていた。たくさんの物を失くしたそんな彼女から頂いたティッシュ・・・ 使えるはずもなく、引き出しの中に大切にしまってあり、この記事を書く段になって、久しぶりに取り出してみた。

9日(土)の仙台発最終の新幹線に乗り、日付も変わった深夜に帰宅。月曜に出発して以来の帰宅で疲労困憊し、10日(日)は竿を振りに行く元気もなかった。最も、風も強く煙霧まで出て大荒れの日だったのだが・・・

帰りの新幹線の車内誌に、福島の、『滝桜』、が載っていて、しばし見惚れた。折しも、jetpapaさんが『滝桜』の記事を書かれた直後だった。
20130309_7.jpg

震災から2年の節目の日。仙台からの帰り道に、長寿の桜の老木に思いを馳せながら、いろいろと物思いに耽った一日となった。

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Comment
仙台空港
Green Cherokeeさん
こんばんは^^
なんども読みかえしてしまいました。
生きていても辛くて。。。と
言葉の背景に含まれる気持。。その時の気持や目の当たりにした経験など、我々には想像も付かないことでしょうね。
私なら平常ではいられないと思います。
心に残りました。
Green Cherokeeさん  こんばんは

うまく言えませんが、Green Cherokeeさんの
生きていくしかないですよね、きっと・・・
という、言葉がすべてかなぁと思いました。
前を向き、力強く復興していく被災者の方々の姿に
逆に勇気づけられ、私も前を向き生きていくしかないと
感じる日々でございます。
仙台空港から貞山掘を渡り少し歩くとお寺がありました。
 ここの山門を入って直ぐ右にお堂がありました。
 小さなお地蔵さんでしょうか、千体地蔵として祀られていました。
 海は見えなかったのですが、震災で海が見えるようになりました。
 早く海が見えないようになることを期待しています。
まず最初に・・・ 
コメントを頂きました皆様、お返事が大変遅くなりましたことをお詫び致します。申し訳ございませんでした。
ずっと仕事が立て込んでおりましたが、ようやく今日、少しだけ釣行できました!
ジョニーさん、こんにちは。
そうですね・・・ 震災を目の当たりにしていない私には到底想像できないことです。
けど、何と言いますか・・・この閖上のタクシーに乗ることができたのも何かのご縁。そのご縁を感じてブログに書かせて頂きました次第です。そんな記事がジョニーさんの心に残ってくれて大変光栄です。
ナシオさん、こんにちは。
あの時は、どんな言葉をかけて良いのかわからず・・・、とっさに超ありきたりのことを口にしてしまったのですが、ナシオさんにそうおっしゃって頂けると、少し安堵できました。ありがとうございます。
jetpapaさん、こんにちは・・・というより、既に外は黄昏時になっていました・・・ ^^;;
もしかして、そこは、こんもり土が山の状態になった上に建っている御堂でしょうか・・・?
早く海が見えなくなるように・・・私も心底そう思います。塩分が強い土壌となり、なかなか簡単には行かなそうですが、塩分に強い綿花の栽培などが始まっているようですよ。
 お堂の記事を3月10日の大人買いの最後に張り付けて見ました。
 是非ご覧ください。
 千体地蔵です。
jetpapaさん、こんばんは。
記事を拝読させて頂きました。ありがとうございました。この見事な千体地蔵、津波でどうなったのでしょうか・・・と、ついつい考えてしまいます。ちなみに、私が思っていた祠はこれでした。
http://photozou.jp/photo/photo_only/209757/118003809?size=624
(著作権に関わると思われるので、リンクだけ貼りますね)
もう、なんというか周りの景色から比較すると不自然なくらいに綺麗に残っているんですよね。きっと何方かが復元されたのか、もしくは、ほんの少し高台にあるのでそのまま残ったのか、どちらかだと思っています。
今、仙台駅周辺はかつての状況そのままで、とても活気に溢れています。もちろん、国分町も。
けど、アクセス線で空港に向かう度、復興、を考えさせられます。わずか数kmの差なのに、在り得ない差があります。
改めて、津波の被害って甚大だったのですね。津波の一か月前に国分町でご一緒した長らくお世話になった方の笑顔を思い出しつつ、ついつい長いコメントになってしまいました・・・
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プロフィール

Green Cherokee

Author:Green Cherokee
東京都武蔵野市在住。S40年7月生まれ。
元より雑魚(Zacco)が大好きでちょくちょくミャク釣りを楽しんでいましたが、ひょんなことからFly Fishingに転向。安近短の里川で2011年夏よりZacco Fly Fishingをスタート。
釣りだけでなく野草やキノコも大好き。身近な里川の四季の変化を愉しみつつ、水面や地面に眼を走らせています。
愛車は、2000年式の緑色のJeep Cherokee。極めて非経済的な車で、あちこちガタが来ていますがそれでも偏愛しており、他に魅力的な車が見つからず困っています・・・

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