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3・11から3年

3月11日(火)。

札幌に出張。風も無く思ったより寒くなかった一日。

さて、去る2月26日に仙台空港を訪れることができた。311が近くなると、思い出したように仙台空港の屋上に立つようにしている。その時の写真を数枚貼っておきたい。

期せずしてアニサキスを飲み込んでしまった夜、どういう訳か仙台市内のホテルは満室・・・、やむなく、久しぶりに名取にあるエコホテルに宿泊した。このホテルについては、拙ブログの過去記事をご参照願いたい。

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そして翌朝。ホテルで朝食を取った後にタクシーを呼んだ。今回は閖上の平和タクシーさんではなく、名取タクシーさんだった。思い返せば、閖上の平和タクシーさんの女性ドライバーが運転するタクシーに乗車してから一年と数か月。この女性ドライバーが元気なのだろうか・・・とずっと気になっていた。

名取タクシーさんの老年の運転手に、それとなく、この女性ドライバーのことを聞いてみたところ、”元気だよ、毎日会うよ!”、とのことだった。タクシー会社は異なるのでいわば商売敵なのかもしれないが、そこは狭い町での話、客待ちの間に良く会話するとのこと。聞くところによれば、閖上タクシーには2名の女性ドライバーが居らしたらしいが、そのうちお一人が山菜狩りの途中に崖から滑落して他界してしまったらしい。私が過去に乗車したドライバーさんは御健在とのことでとても嬉しく思った。

機会あらば、その女性ドライバーによろしくお伝えください、と運転手さんに告げて、空港に降り立った。そして、屋上へのゲートに100円玉を投入し、屋上に上がってみた。

今も尚、一軒だけ残る民家。
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松の木のほとんどが死滅し、防潮堤まで見渡せるようになってしまった。
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この荒野が昔のような森に成長するまでにはかなりの年月が必要であることは間違いないのだが、毎年この時期になったら、機会が許す限り空港の屋上に立ち、とてもお世話になった方も含めて津波に飲まれてしまった方々を偲び、この荒野の変遷と復興を見守って行きたいと思う。




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Comment
あのときの映像
仙台空港を襲う津波の映像を改めて見ました。津波から半年後、仙台の海岸線、釜石、気仙沼、陸前高田あたりを息子を連れて回ってきました。住民の立場に立った復興とはどうあるべきか。重い課題だと思いながら今年の3.11を迎えました。仙台空港の屋上に立ち続けてください。
kuromeさん、こんばんは。
シリアスな内容の記事なのに・・・コメント頂き感謝です!!
ちなみに私も、震災後に仙台空港がオープンした直後から利用再開しました。ゲートは1つだけ、小さく仕切られた待合室で椅子はパイプ椅子、自販機も何もない状態でした。
当時は美田園駅と空港の往復バスがあり、美田園で乗り換えて空港アクセス線に乗っていました。バスの車内は皆言葉少なかったです。
時間がない時はやむなくタクシーを利用していたのですが、当時の空港近くの光景は生涯忘れることができないショッキングなものでした。廃屋、夥しい廃車の山、寄り添うように重なりクラッシュしていたセスナ機2台・・・そのセスナの上にはワゴン車が載っていました。
お世話になった身近な方も津波に飲まれました。甚大な被害をもたらした震災でしたが、こんな惨状を目にしたことは自身の人生において良い経験になったと思います。こんな惨状を見たからこそ、こんな記事も残しておきたいと強く思うようになりました。
チャンスがある限り、仙台空港の屋上には立ち続けたいと思います。
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プロフィール

Green Cherokee

Author:Green Cherokee
東京都武蔵野市在住。S40年7月生まれ。
元より雑魚(Zacco)が大好きでちょくちょくミャク釣りを楽しんでいましたが、ひょんなことからFly Fishingに転向。安近短の里川で2011年夏よりZacco Fly Fishingをスタート。
釣りだけでなく野草やキノコも大好き。身近な里川の四季の変化を愉しみつつ、水面や地面に眼を走らせています。
愛車は、2000年式の緑色のJeep Cherokee。極めて非経済的な車で、あちこちガタが来ていますがそれでも偏愛しており、他に魅力的な車が見つからず困っています・・・

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