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チュオタンに癒された夜

1月17日(火)

韓国は忠清北道(Chungcheongbuk-do)で目覚めた日。この仕事場での最終日だったが、いわゆる”最低”で”最悪”な結果を迎える仕事を余儀なくされた日。

韓国の相棒であるKと肩を落として仕事場を後にした。もうすっかり意気消沈したKが運転する車の助手席で彼を慰めつつ、別れ際にせめて元気が出るものでも食べよう・・・ということになった。

そして、彼が連れて行ってくれたレストラン。韓国語だらけなのでまったくわからないのだが、どうもメニューは極少。そして、出てきたのがこれ。

チュオタン。
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いわゆる、どじょう汁。こんな解説が載っていたので参照用にリンクしておきたい

最後の客となった我々2名。店員のおばさんが人懐っこく見送ってくれた。親戚の娘が京都大学に入学した・・・と嬉しそうに話していたおばさん。そんな笑顔とどじょう汁で少しだけ元気が出たのか、車中では少しだけ明るい会話をしながら、KTX(Korea train express:韓国高速鉄道)の駅までKが送ってくれた。 『元気出そうよ、僕も頑張るからさ・・・』。 そう伝えて握手をして別れた。

あろうことか指定席完売。最初の30分くらいはデッキに立ったまま移動。終日立ち続けの疲れた身体に堪える。酔っ払いのオヤジがふらふらと目の前を通り過ぎつつトイレに入り、中から嘔吐(えず)く声が聴こえる・・・ 嗚呼、勘弁して欲しい・・・

Seoul駅に降り立ち、タクシーを拾って市内のホテルに到着したのは日付もすっかり変わった頃。そのまま寝付ける訳もなく、深夜のコンビニにふらふらと出向き酒を入手・・・

翌日は帰国するのみ。ゆっくり起床してしばらく仕事をした後、少し遅めの昼食を取りに近くのレストランに出向いた。途中で横切る小さな川。良い時期にはオイカワのライズも見られそうだが、ここはSeoul市内なので釣り禁止。
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自分の鼻の感覚を信じて、一件のレストランに入った。写真メニューなし、英語もまったく通じず・・・、しかし、店員のおばさんが一生懸命何かをしゃべってくるので、まったく意味もわからないまま、”ok”、と伝えてみた。

しばらくして運ばれてきたメニューは極めてオーソドックスなキムチチゲだった。これが、しみじみ美味いこと、美味いこと・・・
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ここでも最後の一人の客となってしまった。会計を済ませて、「맛있어요.」(マシッソヨ:美味しかった) 、と伝えると、後片付けに一生懸命だったおばさん2名が手を止めて、笑顔で色々と話しかけてきた。 まったく意味もわからないのだが、再び、マッシソヨと伝えて笑顔で別れた。

何とも辛い出張だった・・・が、チュオタンとキムチチゲとおばさんの笑顔に癒されたことがせめてもの幸い・・・と強引に思いつつ、家路に向かったのだった・・・


タイ人兄弟との不思議な出逢い ~後編~

7月25日(月)

時刻は19:30頃。タイはバンコク市内のEkkamai(สถานีเอกมัย)というBTS(鉄道)の駅を降り、大渋滞でほとんど駐車場化している道路脇でタイ人兄弟を待つ自分が居た。

前編でご紹介させて頂いた通り、その後、タイ人兄弟の兄Tと弟Bはフェリーと夜行バスに乗ることができ、翌朝には無事に東京に到着できた。そして羽田空港を離れる際、『貴方が居なければ帰国できなかった。心から感謝している。バンコクに来ることがあれば必ず連絡をして欲しい』、と半ばしつこいくらいに何度も何度も感謝メッセージを送ってくれた。

バンコクへの出張が決まった後に出発間際に彼らにメッセージを入れてみたところ、ピンスポットでしか空き時間がない私のために、わざわざ二人とも時間を空けてくれた。本当はホテルまで迎えに来てくれるとのことだったのだが、何せ大大大渋滞のために、急遽、彼らの職場の最寄駅までBTSで出向き、落ち合うことになった。

交差点近くでぼんやりと佇んでいると、窓全開で大きく手を振る一台の白いワゴン車が近づいてきた。すぐにこちらも大きく手を振って返した。ワゴン車の後部座席の自動扉が開くと、そこには何とも美しき女性が1歳児を抱えにこやかに座っていた。

早速、隣の席に座らせて頂き再会を祝うご挨拶。出逢って間もない彼らではあるが、懐かしい話題に花が咲いた。この美しき女性は兄Tの奥様のPさん。そして、彼女も流暢な英語をしゃべっていた。

不思議な出逢いを経ての再会。当然ながら旧知の仲ではないので、彼らが何の仕事をしているのかすら理解していない。色々と聞いてみたところ、そこで衝撃の事実を知ることになる。兄Tは青年実業家として9店のガソリンスタンドと現在バンコクで最先端の話題を提供しているカフェを経営するツワモノ。弟Bはそのカフェのパティシエだった。

『だったらお金持ちじゃないですか!! あの時、無理せず新幹線で帰れば良かったのに!!』

そう告げてみたところ、『北海道は貧乏旅行しようと決めたので初志貫徹したかった。けど、夜行バス移動はとても疲れたので二度とやりたくない・・・』、と返してきて全員で大笑い。

『まずは我々のカフェを見てください!!』、と兄弟が強調するので早速お邪魔させて頂いた。Facebookページも持つ『SHUGAA』というお店。
20160725_01.jpg (今回の写真は全てiPhoneで撮影。この写真は食事後の23時頃に撮影。訪れた時は店内は賑わっていた)

Ekkamai付近は高級住宅街で知られているらしいが、その界隈に何とも相応しく、私の想像を遥かに超える本当に素敵なカフェでびっくり・・・
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早速、二階席に通され、しばらくは奥様のPさんと二人だけで歓談。椅子に捕まり立ちしながら、お店で流れる音楽に合わせてダンスの真似ごとをする兄Tの長女を微笑ましく眺めつつ、『これから色々と悪戯を始めるので大変になるよ~』、などとアドバイスして笑いあう。
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そして、兄Tが料理の皿を持ってやってきた。ゴイクンというタイ風の生春巻き。
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このカフェに似つかわしくない料理だな・・・と思っていたら、特別ソースも含め、何と兄弟のお母様がわざわざ私のために作っておいてくれたと言う・・・何とも嬉しい取り計らい。
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そして、今度は弟Bが、『飲み物を何か選んでおいてね。後でカフェの名物料理を味わってみて欲しい。けど、この後は皆で食事に行くから全部食べないでね・・・』、と話しかけてきた。

こんなメチャウマのオシャレなドリンクを頂き・・・(酒飲みの私が言うのも何だが、真面目に好みの味だった)
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カフェの名物料理(Meat Ball Kra-Pao)を堪能。美味しくて全部食べたかったのだが、次が控えているので我慢我慢・・・
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そして、すぐ近くのタイ宮廷料理のレストランを訪れた。そこで、メチャウマの『トムヤムクン』や・・・
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カレーに似たタイの名物料理『マッサマン』等の大量の食べ物を摂取しつつ・・・
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皆で楽しく語り合った。私があまりにタイ料理を知らな過ぎるため彼らも面白いらしく、どの料理も一生懸命説明してくれた。

すっかりお腹もいっぱいになり、私から、『皆で記念撮影しようよ!!』、と切り出したら、せっかくなのでカフェで写真を撮ろう、ということになり、皆で夜道を散歩。

そして、店員さんにお願いして撮って頂いた写真。左が弟B、右が兄T。そして、モザイクをかけるのが憚られるほどの美人の奥様Pさん。
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カフェの名前をバックにもう一枚。何気に長女ちゃんと握手している私・・・
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結局、全てにおいて兄Tが奢ってくれて、私は一円も払わせて貰えなかった。とても明るく素敵な笑顔の店員さん達にもお礼を述べてカフェを後にし、ご丁寧にもホテルまで送り届けて頂いた。

愉しい時間はあっという間に終わり、とうとうお別れの時。時刻は23時を回っていた。最後に3人と固い握手を交わし、大きく手を振って白いワゴンが去っていくのを見送った。

翌朝からは不眠不休の怒涛の三日間の仕事を無事に終えて、いざタイを離れる際に、彼らにLINEでお礼のメッセージを送った。そして、彼らは最後にこんなメッセージを送ってくれた。

『Thank you so much too. We are glad to know guy like you !!』
※和訳:こちらこそどうもありがとう。貴方みたいな人と知り合えて嬉しい。

何とも嬉しいではないか・・・

人と人との出逢いは何とも不思議で面白いと思う。釣りとは全く関係ない内容になってしまったが、実はZacco FFも同じで、様々な人との偶然の出逢いが繋がり広がって、現在の愉しい仲間との釣りに至る。

すっかり仕事疲れした身体ではあったが、そんなことをホンワカと微笑みながら思い返しつつ、一路、シンガポールへの機上の人となった。







タイ人兄弟との不思議な出逢い ~前編~

※今回は釣りとは全く関係ありません。人と人との出逢いは何とも不思議で面白い・・・という二部作のお話です。宜しければご一読ください。

時は遡ること4月30日(土)。

せっかくのゴールデンウィークだったが室蘭市内に出張。いつものように新千歳空港に降り立ち、札幌行きの快速エアポートに乗り込んだ。そしてすぐに、車内の二人組の若い(と言っても20代後半だろうか)男性が周辺の乗客に次々と何か話しかけているのを見つけた。良く聞いてみると英語。残念ながら彼らの周囲の日本人は英語がしゃべれない人ばかりだったらしい。ならば人助けのつもりで・・・と軽い気持ちで彼らの元に近づいていった。

『May I help you … ?』

救世主が来たとばかりに彼らの顔がほころんだ。色々と聞いてみると、彼らはタイのバンコクから来た兄Tと弟B。そして、函館への行き方を教えて欲しいとのことだった。

『僕は東室蘭に行くから同じ電車です。次の南千歳駅で乗り換えるから一緒に行きましょう』

そう告げるとかなり安心したようで、それから色々と話してくれた。何でも北海道周遊旅行中に函館でパスポートを落としたことを千歳で気づき、調べたら幸運なことに函館警察署に届いているとのこと。本当は新千歳空港から羽田に移動する予定だったが、今から函館に戻りパスポートを受け取って東京に移動する、とのことだった。

新千歳空港から羽田までのチケットは既に無効になってしまったらしく(変更不可な格安航空券だったのかもしれない)、函館からはとにかく安価で東京に移動したいとのこと。さっき駅で聞いたらローカル線を乗り継いで8時間で帰れるって聞いたんだけど・・・などととんでもないことを言い始めた(それにしても、誰がそんなアドバイスを・・・)。

『絶対に無理。そんなことしたら24時間以上かかりますよ・・・』

私からの予想外の言葉に、彼らは顔面蒼白状態で固まった。とにかく帰国便に間に合わなくなるから函館から新幹線で移動するように強くアドバイスしたのだが、北海道で散財してしまったのでもうこれ以上お金をかける訳には行かない・・・とのこと。

そんな会話をしていた矢先に函館行きの特急電車がホームに入ってきた。そして、『とにかく、室蘭までの間に東京に戻る良い方法を考えてみるから』と伝えて、取り急ぎ弟BとLINEで繋がった後に一旦別れた。

席に座ってからiPhoneで色々と検索してみたが、ローカル線を乗り継ぐにしても予定時間には東京に戻れず、やむなく所々に特急電車を使うと新幹線とさほど料金が変わらないことがわかった。

その時に一つの新たなアイデアが浮かんだ・・・、それは、夜行バス。

早速調べてみたところ、函館発17:30のフェリーで青森に行き、そこから青森発の22時発の夜行バスに乗り継げば、総予算8500円で翌朝には東京に戻れることがわかった。

先方車両に乗り込んだタイ人兄弟の席に移動し、こんな夜行バスがあるんだけどどうする?・・・と提案してみると快諾。そして、すぐに電話でフェリーとバスを予約した。危ういことに残り3席だった。

しかし・・・、改めて考えてみると、函館駅到着が16時、それからタクシーで20分以上かかる函館警察署にパスポートを取りに行き、またタクシーを拾ってフェリー乗り場に行き、しかも16:50までにはフェリーにチェックイン必要、というかなりタイトな移動だった。旅慣れた日本人でも難しいだろうに、彼らは日本語が全く分からない外国人。しかも、フェリーとバスのチケットは、フェリー乗り場ではなく予め指定されたコンビニで発券しなければならなかった。

そこで、時系列的に作戦を考え、彼らにLINEで詳細を指示した。

兄Tには、
・タクシーですぐに函館警察署へ。タクシーに乗ったらすぐに私に電話すること。
・そのまま警察署にタクシーを待たせ、受け取り次第、すぐにフェリー乗り場へ。

弟Bには、
・兄Tとは別行動。
・函館駅前のサークルKに行きチケットを発券(バス会社曰く、発券が店員でも難しいとのこと。バス会社には、直接コンビニに電話サポートして貰うように事前依頼済み)
・その後、すぐにタクシーでフェリー乗り場に行き、兄Tの分もチェックインして兄の到着を待つこと

そして、『I wish your success !! Have a nice cruise !!』とLINEでメッセージを入れて、先に東室蘭駅に降り立った。『ここまで段取りしておけばきっと大丈夫だろう・・・』。そう自問自答しつつ目的地に到着。早速、仕事に取り掛かった。

そうこうしているうちに、タイ兄弟が函館駅に着く時間がやってきてLINE電話を着信。そして、あろうことか、『いま二人で無事にタクシー乗ったところ~♪』、という陽気な声が・・・

今度はこちらが固まる番だった・・・

GC:なんで二人でタクシー乗ってるんですか!!??
T&B:えっ・・・ あっ、二人は別行動だったんだ・・・
GC:う~~、一旦電話切る。作戦考える!!(ちょっと荒げた声で・・・)
T&B:ホントにごめんなさい・・・

あまり良くない我が頭をフル回転させて考えたのは、とにかくフェリー乗り場に最も至近距離のサークルKを見つけ、そこにタクシーで移動させ、時間切れのぎりぎり到着を狙って発券するしかない・・・ということ。

ちょうどその頃、東室蘭駅至近で新築移転された病院のオープンセレモニーでは、一般客公開への対応が終わり、近隣の医療関係者や著名な大学教授、政治家等が来る時間帯だった。タイ人兄弟も焦っているのか5回連続着信があったりしたが、私としても仕事をそっちのけでタイ人兄弟のサポートをする訳にも行かず、客足が途切れたタイミングを見計らってLINE電話。そして、タクシー運転手に次なる目的地を伝えた。

同時に、バス会社に電話を入れ指定コンビニに電話サポートをお願いし、タクシーの運転手にはこの兄弟達が戻ってくるまでとにかく待って頂き、無事にフェリー乗り場に送り届けて欲しいことを依頼し、そして最後にコンビニに電話し、タイ人兄弟が出航時間ぎりぎりに発券しに来るから大至急でサポートしてあげて欲しいこと、をしっかりと告げた。

その後も病院で重鎮のお客様を相手にしつつ、あの兄弟はどうなったかな・・・とずっと気になっていた。確か、『警察署を出た!!』と連絡来たのが16:30過ぎ、『コンビニに到着したけど発券に苦しんでいる』と連絡が来たのが16:50くらいだったと記憶している。

『厳しい状況に違いない。もしかしたら、フェリーに乗れないかもしれない・・・』・・・、と嫌な予感がした頃に、『Finally we made it !!』というメッセージが届いた。

こんな素敵な写真と共に・・・

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(後編に続く)


福島県飯舘村で想ったこと

6月14日(火)。

(※注意:今回の記事は釣りとは全く関係がありません)

福島県は南相馬市への日帰り出張。重要度の高い業務で朝からパソコンとニラメッコ状態で集中して準備。そして、福島駅で新幹線を降り立ち、もう10年以上の付き合いとなる福島担当営業Gくんの車に便乗して、一路、南相馬市に向かった。

いつもの南相馬へのルートは仙台駅からが起点となり、最近は高速道路ができたお蔭でサクっと行くことができる。しかし、この日は大昔に辿った懐かしい福島県飯館村を経由するルートだった。
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福島県飯館村と言えば、東日本大震災後に起きた悲しい事故により、現在は『帰還困難区域』に指定されている。飯館村よりは圧倒的に原発に至近の浪江町には高速道路も開通したが、車では通過できても自動二輪では通行不可な現状となっている。

東日本大震災以降、このルートを通ったのは初めてだった。

Gくんはこの道に通い慣れている。そんな彼にも幼子が居て、数年前に郡山の住まいに見切りを付け仙台に移住した。そして、仙台から福島や山形の一部をカバーしている。そのGくんが運転中に突然口にした。

『いま飯館なんですが、このあたりは線量が高いんですよ。田んぼに見える黒い袋は除染した土で、あの辺りはもっと高いと思います』

私自身、初めて見た。夥しい数の黒い袋が置かれる田んぼ。その光景は延々と続いた。
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福島県に出入りする弊社スタッフは、皆、簡易線量計を所有している。これはPolimasterと言って、定価は15万くらいする代物(実売価はもっと安いようだが)。つい先日に校正に出したばかりだと言うが、0.1μSv/hという数値を表示していた。ちなみに、道路脇にあった線量計表示値は0.5μSv/hだった。試しに車の窓を開けて線量計を30秒くらい外気に触れさせてみたが、数値はさほど変わらなかった。線量計のプローブ位置によって、数値も大きく異なるのであろう。
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ちなみに、Sv(シーベルト)は放射線量の単位であり、生体の被ばくによる生物学的影響の大きさを表す単位である。東京大学の中川恵一先生によると、人体に与える影響は100mSvの被ばくで『がん』が原因で死亡するリスクは最大約0.5%上昇し、野菜嫌いの人や受動喫煙と同程度だと言われる。運動不足や塩分の取り過ぎは200~500mSv、喫煙や毎日3合以上飲酒した場合は2000mSv以上の被曝に相当し、たばこや飲酒による発がんリスクは被ばくと比べものにならないほど高い、とのことである。

『0.1μSv/h』・・・この数値は大きいのか? 

これに関して私は専門家ではないのでわからない。ちなみに、ラドン温泉近くの数値はもっと高く0.3~0.5μSv/h程度。ブラジルの一部の地域は10mSv/年(1.14μSv/h)を超える。普通に東京の我が家で一年間暮らしていても、自然界や食物から受ける被ばくは2.4mSv/年(0.2μSv/h)と言われる。私は仕事で飛行機を多用するので、通常人の何倍も被ばくしているはず。ちなみに東京・ニューヨーク往復で0.2mSvくらいだと言われている。おまけに私は、仕事では時折、直接的にX線を浴びていることもある(もちろん、その際は防護服を着ているが・・・)。

さて、飯館村の線量値0.1μSv/hを年間に換算すると、 0.1*24*365=876μSv/年=0.876mSv/年、となる。ニューヨークに4回出張すれば同等の被ばく量となる。道路脇の表示値(0.5μSv)を換算したとしても約4.4mSv。それでもブラジルの一部の地域よりは圧倒的に少ない。

しかし・・・・、飯館村は帰還困難区域に指定されているため、人が完全に消さっていた。道路沿いに建つ比較的新しめの家屋にも人の気配は皆無。写真に写る高校は廃墟と化していた。まだ新しめの建物の蕎麦屋は完全にシャッターが閉まっていた。人が住まなくなった家屋の庭には、葵に代表される6月の花が綺麗に整然と咲き乱れていた。この花の開花を楽しみにしていた住民を始めとする皆様の悔しさは甚大なものに違いない・・・

南相馬市に抜けるまでに八木沢峠を通る。峠から見る山々は鮮やかな深緑色を呈し、山間に流れる渓は青々とした水を湛えていた。車窓からしか眺めていないが、車から降りてしばらく眺めていたら、きっとライズの幾つかも確認できたかもしれない。

車窓から見ているだけでも美味しそうな野草がたくさん自生しているのが見えた。大きく葉を広げたタラの樹も、ここ数年、誰からも芽を摘まれることもない・・・

峠の途中に一匹のサルを見かけた。道路脇にのんびりと佇んでいたが、サルの家族はどうなっているのだろう? 人間が山に入らなくなり伸び伸びと生活している反面、放射線の影響が次世代にどのように現れているのかは定かではない。

チェルノブイリの事故の後、周囲の野山からは人間が立ち去り、野生動物の生態系が元に戻ったと言われる。地表近くに住む野鼠は独自の進化を遂げ、放射線に対して抗体の強い種に進化したとNHKのTVで観たことがある。その一方で、空を飛ぶツバメは、翼の長さが左右異なる種が多かったと聞く。

福島の事故は人類史上最悪の事故。人間が起こした事故の被害を被るのは全生態系だが、それを被害と感じているのは人間だけで、実は野生動物はむしろ伸び伸びとしているのかもしれない・・・

八木沢峠の渓で悠々と泳いでいるヤマメやイワナはどうなのだろう。左右対称の綺麗な鰭ピンの状態で元気に泳いでいて欲しい。不謹慎かもしれないが、既に釣人の存在すら忘れた渓魚は、いとも簡単に釣れてしまうかもしれない。しかし、まだ永らく釣人が近づくことはないだろう。

福島県飯館村を通過してみて、脳裏にぐるぐると廻ったことを書き記してみた。これだけダラダラと文章にしておきながら実は全く結論はない。そう簡単に結論が出る問題とも思えない。

そもそも、本来は楽しくあるべき釣りブログにこんなことを書く必要すらないだろう。しかし、あの場に居合わせて色々な光景を目の当たりにしてしまった私としては、村民の気持ちを想うと何かを発信せざるには居られなかった・・・というのが正直な気持ちである。

極めて難しい問題に違いないが、我が寿命が終わりに近づく頃までには、この渓で伸び伸びとロッドを振ることができる日が訪れる“兆し”のようなものが見えてくることを願って止まない。

(追記)

何の偶然か・・・、この文章を書き終えた頃にこんなニュースが発表された。あまりのタイミングの良さに、私自身が大いに驚いている。何より、住民はさぞや喜んでいることだろう。まさに復興に向けたスタートだと思う。

『福島・飯舘村の避難解除正式決定=政府
 政府の原子力災害対策本部(本部長・安倍晋三首相)は17日、東京電力福島第1原発事故の影響で福島県飯舘村の大半の地域に出ている避難指示について、来年3月末に解除することを正式決定した。副本部長の林幹雄経済産業相は、閣議後の記者会見で「避難指示の解除はゴールではなく復興に向けたスタートだ。解除後も政府一丸となって復興に向け取り組んでいく」と話した。』






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雨の中の稚鮎放流

4月24日(日)。

前日の土曜も仕事で潰れてしまった週末。その分だけとても楽しみにしていた日曜だったのだが、朝から生憎の雨。それもかなり降っている。気が滅入りながらも雨合羽をデイパックに突っ込み、バスと電車を乗り継いで、JICKYさんが待ってくださっている目的の駅に向かった。日曜なのに仕事に行かれるJICKYさんの出勤前のわずかな時間を頂戴し至極恐縮・・・

そして、先日に試乗させて頂いたXR250との再会。JICKYさんのご厚意で、ヘルメット、荷台用のお手製アタッチメント、そして、ブーツにバイクカバーまでお譲り頂けた。そのご厚意への喜びも束の間、荷物を荷台に括り付けた頃には本降りの雨になってきた。本当はJICKYさんがバイクを名残惜しむ時間をゆっくり取れれば良かったのだが・・・、本降りの雨、出勤前のご多忙な時間帯・・・とのことで、足早に退散させて頂いた。

雨粒が顔に当たって痛いくらい・・・。とりあえず最寄のコンビニでしばし雨宿り。一向に止む気配はなかったが、それでも幾分空が明るくなってきたような気がする。こんな天候の中で、楽しみにしていたイベントが開催されるのだろうか・・・、と一抹の不安を感じつつ、再び、雨の中でバイクを走らせた。その目的地は我がHome RiverであるY川の上流部。

雨の中、傘を差す人々が集まっており、その時点でイベント自身は敢行することを認識。このイベントにお誘い頂いたのはnumassan(さん)。このイベントのスタッフとしてご夫婦でご活躍されているご様子。
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雨の中で談笑していると、鮎を積んだ車が到着した。当日は雨だったこともあり、例年より少ない尾数とのこと。その分、このGolden week中にも再放流があるとのことだった。

関係者のご挨拶の後、皆で稚鮎を小分けの袋に入れた。
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奥様が持つ稚鮎を嬉しそうに撮影されるnumassan(さん)。
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放流のために河岸に下りる。
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埼玉南部漁協のスタッフさんが先導し、いよいよ放流開始。
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バケツから優しく稚鮎をリリースされるnumassan(さん)。
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無事に放流を終えてご機嫌のサムアップ。ちょうどこの頃、ようやく雨脚が弱まってきた。
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駐車場の端に小さなテーブルを出して漁券の販売開始。驚いたことに、参加者のかなりの方々が年券を購入されていた。しかも、その大半が釣りをしない方々。夏に川掃除と同時に鮎を捕まえて食す会が数回あるらしいのだが、その時のために購入されている方、そして、そもそもボランティア精神で埼玉南部漁協さんを応援する目的で購入されている方がほとんどだった。
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この日、このイベントに参加したかった理由は、この川に更に愛着が湧くようなイベントを実行されている素敵な方々にお会いしたかったことはもちろん、もう一つの理由は漁協スタッフさんとお話することだった。

『釣り人からお金を取ることはとても難しい・・・』

私が話題を振る必要など一切なく、既に自然とこのテーマになっていた。逆ギレされてケンカになりそうなことも少なからずあるとのこと。

参加メンバーの一人から、『この川で釣りをするためには漁券が必要なことを釣人にわからせることが重要、少なくとも立て看板くらい立ててはどうか?』、という意見が出た。

私からは、『都心に近い川なのでいろんなタイプの釣り人がたくさんやってくる。都心近くの川でしっかりと漁協にお金が入ってくるモデルケースを作り、同時に、釣り人のモラルを改善するべき。そのためには少々強硬手段(現行犯を捕まえるとか)に出ても良いのではないか?』、と提案してみた。強硬手段に関してはかなり怪訝な顔をされていたが、都心近くの川が故に荒療治も必要ではないかと個人的には考えている。

この川で釣れる鮎はほぼ100%自然遡上だと教えて頂いた。放流自体は、鮎を増やす・・・ということよりは、むしろイベント的な要素が強い模様。ならば、放流はこの程度で継続し、漁協にもっとお金を集まるようにして川の環境整備等に使っても良いし、不要な工事を止めさせるような活動に使っても良いように思う。

私からもう一つお願いしたことは、『リール付きの年券もコンビニ等で販売して欲しい』、ということ。最近、自転車釣行の多い私は、リール付き年券を購入するために、わざわざ遠く離れた釣具店まで出向く必要がある。私に限らず、身近なコンビニなどで気軽に買えるようなシステムを作ることは、結果的に、購入層を広げることに繋がるはずである。

漁協のスタッフさんはとても好感が持てる方達で、『皆さんのご意見を持ち帰ります』、と答えて下さった。きっと今までにも同様の意見を受けたこともあるとは思うが、やはり言い続けることが重要だと個人的には思っている。

漁協のスタッフさんと参加メンバーにお礼を告げお別れ。その後は徒歩1分のnumassan(さん)宅で至福のコーヒータイム。
20160424_09.jpg (iPhoneで撮影)

結局この後は、とある渓流に向かうことになったのだが、この釣りについては別の記事にて・・・




プロフィール

Green Cherokee

Author:Green Cherokee
東京都武蔵野市在住。S40年7月生まれ。
元より雑魚(Zacco)が大好きでちょくちょくミャク釣りを楽しんでいましたが、ひょんなことからFly Fishingに転向。安近短の里川で2011年夏よりZacco Fly Fishingをスタート。
釣りだけでなく野草やキノコも大好き。身近な里川の四季の変化を愉しみつつ、水面や地面に眼を走らせています。
愛車は、2000年式の緑色のJeep Cherokee。極めて非経済的な車で、あちこちガタが来ていますがそれでも偏愛しており、他に魅力的な車が見つからず困っています・・・

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