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福島県飯舘村で想ったこと

6月14日(火)。

(※注意:今回の記事は釣りとは全く関係がありません)

福島県は南相馬市への日帰り出張。重要度の高い業務で朝からパソコンとニラメッコ状態で集中して準備。そして、福島駅で新幹線を降り立ち、もう10年以上の付き合いとなる福島担当営業Gくんの車に便乗して、一路、南相馬市に向かった。

いつもの南相馬へのルートは仙台駅からが起点となり、最近は高速道路ができたお蔭でサクっと行くことができる。しかし、この日は大昔に辿った懐かしい福島県飯館村を経由するルートだった。
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福島県飯館村と言えば、東日本大震災後に起きた悲しい事故により、現在は『帰還困難区域』に指定されている。飯館村よりは圧倒的に原発に至近の浪江町には高速道路も開通したが、車では通過できても自動二輪では通行不可な現状となっている。

東日本大震災以降、このルートを通ったのは初めてだった。

Gくんはこの道に通い慣れている。そんな彼にも幼子が居て、数年前に郡山の住まいに見切りを付け仙台に移住した。そして、仙台から福島や山形の一部をカバーしている。そのGくんが運転中に突然口にした。

『いま飯館なんですが、このあたりは線量が高いんですよ。田んぼに見える黒い袋は除染した土で、あの辺りはもっと高いと思います』

私自身、初めて見た。夥しい数の黒い袋が置かれる田んぼ。その光景は延々と続いた。
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福島県に出入りする弊社スタッフは、皆、簡易線量計を所有している。これはPolimasterと言って、定価は15万くらいする代物(実売価はもっと安いようだが)。つい先日に校正に出したばかりだと言うが、0.1μSv/hという数値を表示していた。ちなみに、道路脇にあった線量計表示値は0.5μSv/hだった。試しに車の窓を開けて線量計を30秒くらい外気に触れさせてみたが、数値はさほど変わらなかった。線量計のプローブ位置によって、数値も大きく異なるのであろう。
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ちなみに、Sv(シーベルト)は放射線量の単位であり、生体の被ばくによる生物学的影響の大きさを表す単位である。東京大学の中川恵一先生によると、人体に与える影響は100mSvの被ばくで『がん』が原因で死亡するリスクは最大約0.5%上昇し、野菜嫌いの人や受動喫煙と同程度だと言われる。運動不足や塩分の取り過ぎは200~500mSv、喫煙や毎日3合以上飲酒した場合は2000mSv以上の被曝に相当し、たばこや飲酒による発がんリスクは被ばくと比べものにならないほど高い、とのことである。

『0.1μSv/h』・・・この数値は大きいのか? 

これに関して私は専門家ではないのでわからない。ちなみに、ラドン温泉近くの数値はもっと高く0.3~0.5μSv/h程度。ブラジルの一部の地域は10mSv/年(1.14μSv/h)を超える。普通に東京の我が家で一年間暮らしていても、自然界や食物から受ける被ばくは2.4mSv/年(0.2μSv/h)と言われる。私は仕事で飛行機を多用するので、通常人の何倍も被ばくしているはず。ちなみに東京・ニューヨーク往復で0.2mSvくらいだと言われている。おまけに私は、仕事では時折、直接的にX線を浴びていることもある(もちろん、その際は防護服を着ているが・・・)。

さて、飯館村の線量値0.1μSv/hを年間に換算すると、 0.1*24*365=876μSv/年=0.876mSv/年、となる。ニューヨークに4回出張すれば同等の被ばく量となる。道路脇の表示値(0.5μSv)を換算したとしても約4.4mSv。それでもブラジルの一部の地域よりは圧倒的に少ない。

しかし・・・・、飯館村は帰還困難区域に指定されているため、人が完全に消さっていた。道路沿いに建つ比較的新しめの家屋にも人の気配は皆無。写真に写る高校は廃墟と化していた。まだ新しめの建物の蕎麦屋は完全にシャッターが閉まっていた。人が住まなくなった家屋の庭には、葵に代表される6月の花が綺麗に整然と咲き乱れていた。この花の開花を楽しみにしていた住民を始めとする皆様の悔しさは甚大なものに違いない・・・

南相馬市に抜けるまでに八木沢峠を通る。峠から見る山々は鮮やかな深緑色を呈し、山間に流れる渓は青々とした水を湛えていた。車窓からしか眺めていないが、車から降りてしばらく眺めていたら、きっとライズの幾つかも確認できたかもしれない。

車窓から見ているだけでも美味しそうな野草がたくさん自生しているのが見えた。大きく葉を広げたタラの樹も、ここ数年、誰からも芽を摘まれることもない・・・

峠の途中に一匹のサルを見かけた。道路脇にのんびりと佇んでいたが、サルの家族はどうなっているのだろう? 人間が山に入らなくなり伸び伸びと生活している反面、放射線の影響が次世代にどのように現れているのかは定かではない。

チェルノブイリの事故の後、周囲の野山からは人間が立ち去り、野生動物の生態系が元に戻ったと言われる。地表近くに住む野鼠は独自の進化を遂げ、放射線に対して抗体の強い種に進化したとNHKのTVで観たことがある。その一方で、空を飛ぶツバメは、翼の長さが左右異なる種が多かったと聞く。

福島の事故は人類史上最悪の事故。人間が起こした事故の被害を被るのは全生態系だが、それを被害と感じているのは人間だけで、実は野生動物はむしろ伸び伸びとしているのかもしれない・・・

八木沢峠の渓で悠々と泳いでいるヤマメやイワナはどうなのだろう。左右対称の綺麗な鰭ピンの状態で元気に泳いでいて欲しい。不謹慎かもしれないが、既に釣人の存在すら忘れた渓魚は、いとも簡単に釣れてしまうかもしれない。しかし、まだ永らく釣人が近づくことはないだろう。

福島県飯館村を通過してみて、脳裏にぐるぐると廻ったことを書き記してみた。これだけダラダラと文章にしておきながら実は全く結論はない。そう簡単に結論が出る問題とも思えない。

そもそも、本来は楽しくあるべき釣りブログにこんなことを書く必要すらないだろう。しかし、あの場に居合わせて色々な光景を目の当たりにしてしまった私としては、村民の気持ちを想うと何かを発信せざるには居られなかった・・・というのが正直な気持ちである。

極めて難しい問題に違いないが、我が寿命が終わりに近づく頃までには、この渓で伸び伸びとロッドを振ることができる日が訪れる“兆し”のようなものが見えてくることを願って止まない。

(追記)

何の偶然か・・・、この文章を書き終えた頃にこんなニュースが発表された。あまりのタイミングの良さに、私自身が大いに驚いている。何より、住民はさぞや喜んでいることだろう。まさに復興に向けたスタートだと思う。

『福島・飯舘村の避難解除正式決定=政府
 政府の原子力災害対策本部(本部長・安倍晋三首相)は17日、東京電力福島第1原発事故の影響で福島県飯舘村の大半の地域に出ている避難指示について、来年3月末に解除することを正式決定した。副本部長の林幹雄経済産業相は、閣議後の記者会見で「避難指示の解除はゴールではなく復興に向けたスタートだ。解除後も政府一丸となって復興に向け取り組んでいく」と話した。』






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雨の中の稚鮎放流

4月24日(日)。

前日の土曜も仕事で潰れてしまった週末。その分だけとても楽しみにしていた日曜だったのだが、朝から生憎の雨。それもかなり降っている。気が滅入りながらも雨合羽をデイパックに突っ込み、バスと電車を乗り継いで、JICKYさんが待ってくださっている目的の駅に向かった。日曜なのに仕事に行かれるJICKYさんの出勤前のわずかな時間を頂戴し至極恐縮・・・

そして、先日に試乗させて頂いたXR250との再会。JICKYさんのご厚意で、ヘルメット、荷台用のお手製アタッチメント、そして、ブーツにバイクカバーまでお譲り頂けた。そのご厚意への喜びも束の間、荷物を荷台に括り付けた頃には本降りの雨になってきた。本当はJICKYさんがバイクを名残惜しむ時間をゆっくり取れれば良かったのだが・・・、本降りの雨、出勤前のご多忙な時間帯・・・とのことで、足早に退散させて頂いた。

雨粒が顔に当たって痛いくらい・・・。とりあえず最寄のコンビニでしばし雨宿り。一向に止む気配はなかったが、それでも幾分空が明るくなってきたような気がする。こんな天候の中で、楽しみにしていたイベントが開催されるのだろうか・・・、と一抹の不安を感じつつ、再び、雨の中でバイクを走らせた。その目的地は我がHome RiverであるY川の上流部。

雨の中、傘を差す人々が集まっており、その時点でイベント自身は敢行することを認識。このイベントにお誘い頂いたのはnumassan(さん)。このイベントのスタッフとしてご夫婦でご活躍されているご様子。
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雨の中で談笑していると、鮎を積んだ車が到着した。当日は雨だったこともあり、例年より少ない尾数とのこと。その分、このGolden week中にも再放流があるとのことだった。

関係者のご挨拶の後、皆で稚鮎を小分けの袋に入れた。
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奥様が持つ稚鮎を嬉しそうに撮影されるnumassan(さん)。
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放流のために河岸に下りる。
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埼玉南部漁協のスタッフさんが先導し、いよいよ放流開始。
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バケツから優しく稚鮎をリリースされるnumassan(さん)。
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無事に放流を終えてご機嫌のサムアップ。ちょうどこの頃、ようやく雨脚が弱まってきた。
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駐車場の端に小さなテーブルを出して漁券の販売開始。驚いたことに、参加者のかなりの方々が年券を購入されていた。しかも、その大半が釣りをしない方々。夏に川掃除と同時に鮎を捕まえて食す会が数回あるらしいのだが、その時のために購入されている方、そして、そもそもボランティア精神で埼玉南部漁協さんを応援する目的で購入されている方がほとんどだった。
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この日、このイベントに参加したかった理由は、この川に更に愛着が湧くようなイベントを実行されている素敵な方々にお会いしたかったことはもちろん、もう一つの理由は漁協スタッフさんとお話することだった。

『釣り人からお金を取ることはとても難しい・・・』

私が話題を振る必要など一切なく、既に自然とこのテーマになっていた。逆ギレされてケンカになりそうなことも少なからずあるとのこと。

参加メンバーの一人から、『この川で釣りをするためには漁券が必要なことを釣人にわからせることが重要、少なくとも立て看板くらい立ててはどうか?』、という意見が出た。

私からは、『都心に近い川なのでいろんなタイプの釣り人がたくさんやってくる。都心近くの川でしっかりと漁協にお金が入ってくるモデルケースを作り、同時に、釣り人のモラルを改善するべき。そのためには少々強硬手段(現行犯を捕まえるとか)に出ても良いのではないか?』、と提案してみた。強硬手段に関してはかなり怪訝な顔をされていたが、都心近くの川が故に荒療治も必要ではないかと個人的には考えている。

この川で釣れる鮎はほぼ100%自然遡上だと教えて頂いた。放流自体は、鮎を増やす・・・ということよりは、むしろイベント的な要素が強い模様。ならば、放流はこの程度で継続し、漁協にもっとお金を集まるようにして川の環境整備等に使っても良いし、不要な工事を止めさせるような活動に使っても良いように思う。

私からもう一つお願いしたことは、『リール付きの年券もコンビニ等で販売して欲しい』、ということ。最近、自転車釣行の多い私は、リール付き年券を購入するために、わざわざ遠く離れた釣具店まで出向く必要がある。私に限らず、身近なコンビニなどで気軽に買えるようなシステムを作ることは、結果的に、購入層を広げることに繋がるはずである。

漁協のスタッフさんはとても好感が持てる方達で、『皆さんのご意見を持ち帰ります』、と答えて下さった。きっと今までにも同様の意見を受けたこともあるとは思うが、やはり言い続けることが重要だと個人的には思っている。

漁協のスタッフさんと参加メンバーにお礼を告げお別れ。その後は徒歩1分のnumassan(さん)宅で至福のコーヒータイム。
20160424_09.jpg (iPhoneで撮影)

結局この後は、とある渓流に向かうことになったのだが、この釣りについては別の記事にて・・・




里川・里山ツーリング ~満開の桜と野草を見に行く~

4月2日(土)。

以前から密かに楽しみにしていた日。そのイベントを実行するには、あまりにも肌寒い一日で朝から少しがっかり・・・

楽しみにしていたこと・・・、それは、Zacco Fly Fishing釣友の一人であるJICKYさんの愛車に試乗させて頂くこと。そんなとても嬉しい申し出を頂き、早速、荷物をまとめてバスと電車を乗り継ぎ、心ウキウキと待ち合わせ場所に向かった。

初めて拝見させて頂いたJICKYさんの愛車Honda XR250。20年選手とは全く思えない程の程度の良さ。キック一発でエンジンが小気味良い鼓動を始めた。

JICKYさんのご厚意でヘルメットまでお貸し頂き、まずは通い慣れた里川へ。折しも、桜が満開の季節だった。早速、記念撮影。
20160402_1.jpg (今回の写真はすべてiPadで撮影)

そして、すぐ近所の里山へ。ここは都心近くの里山なのに、地元の方々の活動により、何とも素敵な光景が広がっている。
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エンゴサク。小さくも可憐な花。
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ニリンソウも綺麗な花を咲かせていた。
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里山からの湧水が作る水路。
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寒い曇天だったが、どうにか花弁を開くカタクリを発見できた。
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ピンボケになってしまったが、ウコギとウバユリ。
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しっかりと里山を堪能した後は、ちょっと遠出したい気分になった。全く予定はしていなかったのだが、numassan(さん)おさんヤマメ愛くんが渓流に出向くという連絡を頂戴し、急遽、同行させて頂くことにした。寒空の下、うおさんと並走。信号待ちの度のおしゃべりが楽しく、その時だけは寒さを忘れた。

あまりの寒さに凍えながら目的地に到着し、メンバーを記念撮影。
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JICKYさんの愛車と共に、うおさんに記念撮影頂いた。写真だけ見ればまるで私のバイクみたい・・・(笑)
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竿不携帯の私は、ここで時間切れ。既に皆様のブログでご紹介されているが、この後、ヤマメ愛くんは見事に獲物を射止めたとのこと。

再び、極寒の山を下り谷を抜け、そして、街を駆け抜けた。JICKYさん宅に戻った頃はすっかり暗くなってしまった。

試乗という割には、いきなり相当な距離を走ってしまった。毎日のようにバイクを駆っていた若かりし頃に比べるとまだまだ身体がバイクに馴染んでいないのだが、それでも、かなり楽しく乗れるようになってきた。

近い将来、再びこのXR250に乗れる日を楽しみにしつつ・・・、当面は日々の仕事を頑張ることにしよう。

‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

JICKYさん

先日は大切な愛車をお貸し頂き、本当にありがとうございました。とても程度が良く、そして、乗りやすく、わずか一日でしたが、すっかりと堪能させて頂き、物凄く愛着が湧きました。

再び、このバイクで里山を駆け抜けるが日々が来ることを楽しみにしています!!


『覚醒』・・・? 実に26年振りの林道ツーリング

2月6日(土)。

待望の日にも関わらず曇天の寒い朝。それでも荷物をまとめ西に向かう電車に飛び乗った。そう・・・この日は、26年振りの林道ツーリングの日。

少し遅れてNさん宅に到着した頃には、Nさんの愛車『青鹿号』は既に暖機を終えており、ご親切にもNさんは寒空の下で私を待ってくれていた。

さあ、いざ出発。実は昨年に一度だけ、幸運にもこの青鹿号で『釣~りんぐ』させて頂く機会を得ていたものの(過去記事参照)、実に26年振りとなる林道ツーリングのための準備はあまりにも不足していた。それでも、あの時にわずかに跨らせて頂けただけで、初めて乗るよりは圧倒的に青鹿号に“馴染み”を感じていた。

Nさんご長男の黒鹿号に跨るNさん。バイクリハビリ中の私に気を遣ってペースを落として先導して下さった。しっかり防寒してきたので身体は寒くないのだが、とにかく顔が冷たい。小さな九十九折の峠を越えて鼻腔に鼻水が溜まった頃、林道入口に到着した。

この上なく久しぶりの林道を前に高揚する私。
20160206_01.jpg (Nさん撮影)

先日の雪がまだ残っており、おっかなびっくり林道をトコトコと進む。疾走ではなく、あくまでもトコトコと・・・。50歳を超えた私にとってはこの程度のペースが心地良いのだが、Nさんにとってはきっと退屈な林道だったことだろう・・・ 何とも申し訳ない。

比較的雪が多めに残るあたりで、Nさんから写真撮影をご提案頂いた。青鹿号&黒鹿号で記念撮影。この程度の雪なら全く問題ないな、と思ったのも束の間・・・
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次第に残雪が増えて、とうとうこんな状況になってしまった。いくらオフロードバイクとは言え、Nさんのご厚意でお借りしているバイク。転倒でもして傷付ける訳にも行かず、慎重に通るべきルートを吟味しつつ移動。
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雪一色の広場になっているような場所を発見し、Nさんのご提案で雪原に突入。タイヤが雪をグリップしてくれず妙に空吹かしが目立ってしまい誠にお恥ずかしい限りだったが、何とか雪原の真ん中に移動しNさんに撮影頂けた。この写真は極めてお気に入りの一枚で、現在、PCのデスクトップを飾ってくれている。
20160206_03_2.jpg (Nさん撮影)

冷汗の林道ツーリングも名残惜しく終了。そして、仲間が待つコンビニへ移動。詳細はうおさんのブログに掲載されているので、ここでは割愛する。

そして、遅れてやってきたGran Lussoさんと峠のトンネルで合流。これにてめでたく全員集合。
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その後、寒空を浴びつつ&鼻水を垂らしつつ何とか目的地に到着。皆で仲良く温かい昼食を終え、近くの河原に降り立った。せっかくなので河川敷を数往復。
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青鹿号の所以であるバイク名を誇張して記念撮影。
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その後は近くの里川巡りをして、山越えで帰路に就いた。走行中にあまりに極寒で、“寒い~っ!!”、と叫んでみたりしたが、叫んでも暖かくはならない・・・ (笑) メンバーの皆は大したものだと実感した。

Nさんのご提案で、峠を下ったあたりの豆腐屋にてホット豆乳にホッとする・・・の画。こんなに美味い豆乳は初めてだった。
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そして、無事に朝方に合流したコンビニにたどり着き解散。

‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

Nさん

この度も貴殿の愛車『青鹿号』をお貸し頂き、また私たっての希望であった林道ツーリングの機会を頂き、本当にありがとうございました。

窓ガラスを通さずに移り変わる景色、この鼓動と躍動感、そして、バイクならではの視線から眺める林道・・・、実に26年振りとは言え、その頃のことがつい先日の出来事のように感じられました。当時よりは圧倒的にバイクに身体が馴染んでいませんでしたが、それでも懐かしく楽しく林道ツーリングさせて頂くことができました。

これは、『覚醒』、と言うべきことなのかもしれません。

近い将来、ロッドを積んで林道を駆け巡り、良さげな渓流や清流で釣りを楽しみ、道中で野草を摘む・・・、そして帰宅してひとっ風呂浴びて、好きな音楽を聴きながら野草をツマミに晩酌・・・。私にとって、これ程高いQOL(Quality Of Life)は他にはありません。

そんな日が来れば良いな・・・と思っています。 重ねまして、この度は本当にありがとうございました!!

‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

『覚醒』という名の大好きな古いアルバム。佐藤博さんのAwakening。










秋のお楽しみDay Part 2 ~23年振りの鼓動~

10月3日(土)。バイク試乗会編。

午前中にキノコ狩りを満喫し美味しい蕎麦の昼食を終えて、再び、Nさんご自宅に戻って来た午後。私にとっては実に23年振りとなる楽しい出来事が待っていた。

それは、Nさんが所有される青鹿(YAMAHA Serow 225)の試乗会。純正仕様からはかなり手が入れられた逸品。林道の奥地まで入れるように特別なブロックパターンのタイヤ・・・ 何とも素敵な青空に映える青鹿とNさんの後姿。
20151003_P2_01_Serow.jpg (mihiroさん撮影)

思い返せば、初めて原付(YAMAHA Jog)に乗ったのは18歳。そして、20歳の頃にどうしても野山を駆け回りたくて自動二輪中型免許を取得しKAWASAKIのKMX125を購入した時からバイク三昧の生活が始まった。意味もなく毎日バイクに跨り、週末ごとに埼玉県越谷市にあった自宅から筑波山や加波山周辺の林道に通いまくっていた。そしてあちこち遠征もした。

就職してすぐにKAWASAKIのEliminator250に乗り換えるも、結局、林道の楽しさを忘れられず、フレームナンバー20番の超初期ロットのCRM80を購入。KMXに比べると何とも小柄なオフロードバイクだったが小回りの利く楽しいバイクで、日野市にあった会社の寮も部署も一緒で当時一番可愛がっていた後輩のDTと毎週のように陣馬山から五日市に抜ける林道を走っていた。早朝に起床しコンビニで弁当を買い、林道を走り終えて二人並んで渓流の冷たい水に足を浸けながら弁当を頬張る・・・何とも至福なヒトトキだった。そんな可愛い後輩だったが若くして急逝してしまい残念極まりない・・・今でも懐かしく思い出す。

その後は重度の椎間板ヘルニアを患ってしまい、泣く泣くCRMを手放すことに・・・。それでもEliminatorはたまに乗ったりしていたが、札幌から東京に戻って来てすぐに盗まれてしまい、バイクとの日々はすっかり断たれてしまった。

そんな過去を走馬灯のように思い出しつつ、Nさんにお借りしたヘルメットを被った。そして、実に23年振りにバイクに跨った瞬間。皆にバレていたかどうかは不明だが、この時、既に変なアドレナリンが分泌しまくり、Serowの鼓動だけではなく胸の鼓動も高鳴るばかりだった・・・
20151003_P2_02.jpg (mihiroさん撮影)

まずは試し乗り。Nさんご自宅付近を一周させて頂いた。そして、戻ってきたところを、うおさんに撮影頂いた。当時に比べれば超下手くそだが、何とか公道を走るための最低限の感覚は取り戻せたように感じた。
20151003_P2_03.jpg (うおさん撮影)

さて、いよいよZacco FFの部に突入すべく、NさんのAD、うおさんのLittle Cab、そして、私がお借りしているSerowと3台連なって移動。miihiroさんは最近の特等席であるNさんのADの後部座席に。いつもは愛車・緑チェロキーから皆を羨ましく眺めるだけだったが、この日ばかりは私も皆と共にバイクで並ぶことができ妙にハイテンション・・・。そんな一コマをうおさんに撮影頂けた。
20151003_P2_04.jpg (うおさん撮影)

mihiroさんはmihiroさんで常にレンズを向けて下さり、こんな素敵なワンカットを切り抜いて頂けた。笑顔のうおさんと私。私のハイテンション振りが伺える写真。
20151003_P2_05.jpg (mihiroさん撮影)

次の信号待ちでもこんな一コマ。ちなみに、このグローブは私自身の物。23年の時を経て再び装着することになるとは・・・。このグローブの中に染み混んでいる汗はまさに23年以上前の物。その頃は何を食べて何を飲んで、そして、何を考えて汗をかいていたのだろうか・・・。いずれにしても、50歳を超えた今、人間的成長はほとんど見られないような気がする・・・
20151003_P2_06.jpg (mihiroさん撮影)

もっともっと走っていたい気持ちも山々の状況で、ZFFポイントに到着、いや、着いてしまった・・・というのが正しい表記であろう。最近、すっかりバイクに魅せられてしまったmihiroさんも、うおさんのLittle Cabに跨る。
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そして、人生で初めてバイク試乗。普通免許所有のmihiroさんだが、原付にも跨ったことが無かったらしく何とも嬉しそう・・・
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その後も名残惜しく、河岸の砂利道を数往復させて頂いた後、ようやく重い腰を上げてロッドを繋いだ。釣行記に関しては次回の記事でアップさせて頂く。
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素敵な夕暮空の下で釣りを楽しんだ後、ロッドを片手にバイクに戻るウキウキの時間。夕闇迫る中、愛らしい3台をmihiroさんが切り抜いて下さった。趣向が全く異なる3台だが、仲良く並ぶ姿は何とも愛らしい。
20151003_P2_11.jpg (mihiroさん撮影)

帰り道の信号待ちにて、再び、mihiroさんに撮影頂く。モザイクに隠れてしまったが、もうじきこのSerowともお別れか・・・という哀愁が漂う一コマになった。
20151003_P2_12.jpg (mihiroさん撮影)

最後の川沿いの直線の道で、スロットル全開で加速。単気筒の心地良くも太い鼓動と共に風を感じるこの感覚・・・23年以上も忘れていた。この感覚を再び味わってしまった今、街を通りゆくバイクやバイク屋の前を通ると、ついつい目線を動かしてしまう自分が居る。

Nさん
この度は、すっかり忘れていた喜びを思い出せる貴重な機会を与えて下さり、本当にありがとうございました。今でも青鹿の鼓動が忘れられません!!

うおさん、mihiroさん
当日は嬉しい瞬間をたくさん切り抜いて下さり、本当にありがとうございました。今回の写真は全て大事な宝物になりました!!

‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

昨夜遅くにオーストラリアはゴールドコーストから帰国。多忙極まりない滞在だったが、最終日はフリーとなり釣りを愉しむことができた。随分先になってしまいそうだが、いずれ釣行記にまとめてみたいと思っている。
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プロフィール

Green Cherokee

Author:Green Cherokee
東京都武蔵野市在住。S40年7月生まれ。
元より雑魚(Zacco)が大好きでちょくちょくミャク釣りを楽しんでいましたが、ひょんなことからFly Fishingに転向。安近短の里川で2011年夏よりZacco Fly Fishingをスタート。
釣りだけでなく野草やキノコも大好き。身近な里川の四季の変化を愉しみつつ、水面や地面に眼を走らせています。
愛車は、2000年式の緑色のJeep Cherokee。極めて非経済的な車で、あちこちガタが来ていますがそれでも偏愛しており、他に魅力的な車が見つからず困っています・・・

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