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トラブル続きのParis出張 ~後編~

2017年初のParis出張。後編。

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シャルルドゴール空港近くの警察で無事に調書作成が完了。誰も居ない真っ暗な駐車場を抜け、傷心のまま再びシャトル電車に乗り込んだ。

今の自分に置かれた状況は、『携帯が無い&金が無い』・・・、しかし時間だけは少しある。何をすべきか頭の中で整理し、まずはカードを止めなきゃ・・・ということで、空港ラウンジの受付で、状況を説明し電話を貸して欲しいと頼んでみたが、敢え無く賛同を得られず・・・

『そうだった・・・ こんな時のための隠しカードが・・・』

カバンの中の手帳の裏に、緊急用のクレジットカード2枚を隠してあった。そして、クレジットカードで使用できる公衆電話を探してみたが皆無。そもそも、普段は使わないカードなので暗証番号がわからない(忘れた)・・・となると、空港の無料wifiにPCを繋いでカード会社にメールするしか方法はない。そして、カード会社の連絡先を探しまくった。

実に面白いものだが、Web上で検索した限りでは、三井住友VISAカードが最もわかりやすく、そして、その後の対応も最も柔軟だった(※ちなみに、カードを盗まれた当日に窃盗団に既に乱用されていたが、カード会社が補償してくれた)。 AMEXの会社カードに関しては、我が最愛の会社メンバーが日本時間の翌朝すぐに我が奥様に成り切り、電話で再発行の手続きをしてくれた。元・国営企業系のカードは、当時の慣習を未だに引きずっているような対応だった。

空港でできる限りのことを終えたのは搭乗時間直前だった・・・ 割には、なぜかロビーの人々の動きが全く無い。全員のんびりしている。 『ん???』・・・嫌な予感がしつつ搭乗ゲートの案内を確認しに行ってみると、なんと、出発が1時間以上遅れる・・・との表示。 えっ? ドーハでの乗り継ぎ時間は1時間しかないのに・・・。

その後、結局80分遅れで飛び立った。そして、ドーハが近づいて来た頃、男性CAに聞いてみた。
GC:東京への乗り継ぎ便にちゃんと乗れますかね・・・?
CA:な~~んにも知らん!! 地上スタッフに聞いてくれ!!
『そんなこと俺に聞くなよ!!』 的な態度にかなりムカっとし、気を静めつつ席に戻った。

そしてドーハにランディング。乗り継ぎ便に関するアナウンスが一切無い。逸る気持ちで通路を歩いていると、遥か先に案内板を持った地上スタッフが立っていた。すぐに東京乗り継ぎ予定であることを告げると、一枚のチケットが手渡された。

『This is your ticket for tomorrow

周りには同様の客が十数名居たが全員唖然・・・。しかも、ホテル宿泊クーポン発券のために長い列に並ばなければならない・・・。 ようやく自分の順番が回ってきて、担当の女性に、『明日は大事な会議があるのに参加できない。何か追加補償はないのか・・・?』、と詰め寄るもあっさり却下(以前の経験からわかってはいるものの・・・詰め寄りたくなる気持ちもお察し頂けましたら幸いです)。

帰国できないならば仕方ない。ホテルの近くで昼間からヤケ酒でも飲むか・・・。 少なくとも、この時はそう思っていた。

さて、スーツケースを取ってホテルに行こう、ということで、手荷物スタッフに聞いてみたところ・・・、『貴方の荷物は既にコンテナの中で、取り出すには半日以上かかり、また空港に戻って来て頂く必要があります。預けたままの方が楽ですよ・・・』、などと平然と言う。

電話無し、お金無し・・・、おまけに、着替えも無し・・・ まさに三重苦。

傷心の割には何とも嫌味な青空の下、ホテルが用意してくれたワゴン車で移動。初めて見るドーハの街は殺風景でワクワク感ゼロ。気候は日本の5月のゴールデンウィークの頃のような感じで清々しい。

程なくしてホテルに到着。ホテルは安宿の様相を呈していた。早速チェックインし、酒を仕入れに・・・と思い外に出た。ホテルのロビーに簡易的なBarのようなものがあったのだが、ソフトドリンクが並ぶ棚をぼんやりと眺めつつ何となく違和感のようなものを感じていた。そして、コンビニというよりは“よろづ屋”的な店を覗いてみたが酒の部類は無し。

『もしや・・・???』

一旦、ホテルに戻り、PCを繋いでみる。恐ろしい程に回線が遅い・・・。そして、ようやく探り当てたページに、衝撃の事実が書かれていた。

『イスラム教は飲酒を禁じていて、戒律の厳しい国では外国人でも酒以外にも色々な制限を強いられる。カタールは、どちらかというと厳しい方の国、豚肉は一切入手不可、酒に関しては3万円のデポジットを支払って許可証を取得すれば、ドーハの外れに1軒だけある酒屋で購入可能、基本的にレストランでアルコール不可。メニューに「カクテル」の文字があったとしても、よく見ればそれはノンアルコール(モクテル)。ただ、5つ星クラスの高級ホテルではお酒の飲める場所もある。』

電話無し、お金無し、着替え無し・・・おまけに酒無しかぁ・・・ まさに四重苦。

呆然としつつ、とりあえずシャワーでも浴びて一息つこうかと思い浴室に行くと、何故だか限りなく冷水に近い“ぬるま湯”しか出ず、待てども待てどもお湯にならない・・・。再び服を着て、ホテルスタッフに電話。すぐに来てくれたが、この温度が限界だと言う。『嘘でしょ・・・他の部屋もそうなの?』、と何度も問い詰めるも、同じだと言い張る。もう文句を言う気力も失せて、諦めて震えながら身体を洗った。

電話無し、お金無し、着替え無し、酒無し、おまけに、お湯まで出ないのかぁ・・・ これぞ、『ドーハの悲劇!!』
もう完全に心が折れた。何もやる気が起きない。のんびりパソコンでも・・・と思いつつも、回線が遅すぎて何も見れない・・・。

ドーハで行ったこと。それは束の間の散歩だけ。後は、ふて寝。
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小魚が見える。しかし、ロッドもないから釣りもできない・・・
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翌朝5時過ぎの空港にて。ようやく酒にありつけた・・・ 遅ればせながらのヤケ酒で、シャンパンを矢継ぎ早に胃に流し込んだ。
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ドーハはハマド空港に置いてあった“まねき猫”。そういえば、旧正月か・・・と今更ながらに思い出した。
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そして、この“まねき猫”に、何か良いことを招き入れて欲しい・・・と心の中で呟きつつ、機上の人となった。

(追記)
結局、この便も羽田到着が遅れ、目的地への最終バスに乗ることができず、かと言って、現金もSuicaも無く電車にも乗れず・・・
やむなく最終バスで到着した新宿は既に午前1時。そのまま独りで居酒屋に突入しヤケ酒開始・・・。帰宅できたのはAM3時前になっていた・・・ 





トラブル続きのParis出張 ~前編~

2017年初のParis出張。

そもそもの一連のトラブルの発端は、ドーハ乗り継ぎ便を選んだ時から始まっていたのかもしれない。
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ドーハはハマド空港名物(?)の大きなぬいぐるみ。
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ドーハからは人生初のダブル・デッカー(※エアバスA380は、ヨーロッパの国際協同会社であるエアバスが製造した、二層、広胴、4発のジェット機です。 世界最大の商用航空機であり、上部デッキが胴体全体に延長されたダブル・デッカーと呼ばれる総2階建て構造です。 大型旅客機としては乗客1人あたりのCO2排出量と1座席あたりの製造コストが最も低く、「環境にやさしい飛行機」であることを売りにしています。 ボーイング747-400に比べてフロア面積が50%広く、ヘッドルームが60%広いにも関わらず、離陸時の騒音はボーイング747-400の半分に相当します… BRITISH AIRWAYSのホームページより抜粋)に搭乗。
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フランスが近づくに連れて、砂漠の景色から雪山に一変する。
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ベルサイユに位置する我が本社。出張自体は極めて順調に、且つ、有意義に終わった。
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パリ初のメンバーと現地合流したため、久しぶりに、ノートルダム寺院の中に入ったり・・・
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サント・シャペル (Sainte chapelle)にも入ったり・・・
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メトロのシテ駅から、サント・シャペルの遠景。
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ホテルの中庭からの青空を、いかにもParisらしく撮ったり・・・
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最終日には美味しい生ハムを食べたり・・・
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・・・と、ここまでは良かった。ただ良かっただけではなく、とても良かった・・・

さて、いよいよ帰国を・・・という段になり、空港に向かうべく、サンミッシェルノートルダム駅(Saint-Michel - Notre-Dame)からRERのB線に乗り込んだ。普段はタクシーを利用することが多いが、人生で最も嫌いなものの一つである渋滞を避けたい、という気持ちもあった(他にも理由はあったのだが)。

車内はかなり混んでいた。スーツケースを持ち込んだ私は周囲の迷惑だったことだろう。車内の中央付近に位置した私の周りにはアフリカ人と思しき黒人5人が囲むように立っていた。

シャトレレアール駅(Châtelet - Les Halles)に到着し、乗客のほとんどが降車。黒人5人組みも降りたが、その時、スーツケースが押されて動いたので、取っ手を掴んで前かがみになった。そして、空き席もちらほらと出たので移動して着席し、さて、iPhoneでも見ようか・・・と胸元のポケットに手を伸ばしたその瞬間・・・。

『iPhoneがない!!??』

ハッとして、すぐにコートの右ポケットに手を当てた。そして同時に、財布も無くなっていることに気付いた・・・

『やられた・・・』

もう完全に後の祭り。財布もiPhoneも二度と戻ってこないだろう。パスポートが無事だっただけでも善しとするしかないだろう・・・

ぶつけようのない怒りと共にシャルルドゴール空港に到着。大急ぎでチェックインを済ませて、ターミナル間を結ぶ電車に飛び乗り、隣駅にある警察に出向いた。既に真っ暗の夜だったため、時間外の入口から入った。すぐに雑談で盛り上がっていた警官たちが目に入った。

スタッフ:どうしたの?
GC:財布とiPhoneを電車の中でスラれました・・・(涙)
スタッフ:お気の毒に・・・ すぐに調書を作りましょう。

気の良さそうな警察官に、とても丁寧にご対応頂くことができた。何とか無事に調書作成(フランス語で書かれたので読めないのだが・・・)も完了し、いざ別れる段になった時に、とても真剣に身体の振り付けも加えて注意喚起してくれた。

『あの場所はスリの巣窟なんだよ。君みたいなアジア人が一番危ない。財布はコートの外側ポケットなんかに入れてはいけない。お腹の部分とか内側の胸ポケットとか。今後はしっかり注意してくださいね・・・』

そして、落ち込んでいる私の肩を叩きつつ、笑顔で慰めてくれた・・・

     (後編に続く)


プノンペンに出向いた理由

カンボジアはプノンペンの完結編。

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そもそも、なぜカンボジアに行ったのか・・・。その前に、カンボジアの悲しい歴史を語る必要がある。

私は日本史にも世界史にも全く詳しくなく、むしろ、疎い側の人間なのだが、今回、カンボジアの医療をサポートする側の立場になったこともあり、にわかに色々と学んでみた。

1960年代半ばのポルポト政権によって行われた大虐殺・・・。原始共産主義を目指したポルポトは、いわゆる政権の邪魔をするかもしれない予備軍まで皆殺しにした。それは、ただただ普通に生活していた知識がある人、ましてや、外見上で知識がありそうに見える人=めがねを掛けている人・・・に至るまで。当時、海外に留学していた優秀な人々も、『国の発展のために貴方の力が必要』と騙して国に戻させて、そして皆殺しにした。一部の賢い人達が文字を読めない振りをして何とか生き延び、大虐殺の実態が明るみにされたと言う。

その悪魔の時代に医者の大部分が殺されてしまい、その後、カンボジアには医者が極少になったとされる。

そんな政権が長続きする訳もなく時代が終わり、その後、首都プノンペンを始めとする都市圏は大きな発展を遂げ、アンコールワットに代表されるような観光資源もあり、海外からの観光客の多くが訪れるようになった。そして、時代と共に街は更に発展した。

しかし・・・、医療だけは時代の進化から完全に取り残されてしまった・・・と言われている。カンボジアの富裕層は自国の医療を全く信用しておらず、最低限に見積もっても年間21万人の患者がタイ、シンガポール、ベトナムに治療のために訪れている。ちなみに、彼らは渡航費も含めて完全自費での治療となる。このようなMedical Tourismは自国の医療の発展を妨げてしまう。

一方でカンボジアの一般市民はどうか・・・? ろくな医療も受けられず病院の前で死んでいく人が多いと言われている。今回、空港往復の道中で様々な街並みを垣間見ることができたが、路地裏は未だ舗装もされておらず、そこには慎ましくも貧しい生活の姿があり、医療を受ける資金面に乏しいであろうと思われる人々もたくさん居た。

そんな医療後進国に対して、日本政府のバックアップを受けて一つのプロジェクトが立ち上がり、そして、2016年秋に一軒の素晴らしい病院が設立された。カンボジアの富裕層のみならず、一般市民への医療提供も目的としている。

東京都八王子市に本部がある医療法人グループによる、『病院まるごと輸出』というコンセプトの元、プノンペンの病院立ち上げのために高い志を持ったチャーターグループが派遣され日々奮闘されている。皆様のご活躍の様子を実際に拝見し、本当に感銘を受けた。

病院が操業開始して間もなく、頸動脈に狭窄のある患者が見つかり、外科手術もしくはカテーテル手術にするかの検討が為され、カテーテル手術の方針が決まったと連絡を受けたのが12月25日(月)。そして、初手術日が12月29日(金)であることを知らされた。ちなみに、医師も放射線技師共に、導入された新装置の使用に全く慣れていない状況・・・

そのことを知らされた当時、私は室蘭に出張中。こちらも新規オープンした病院に導入された新装置を用いた初手術の日だった。出張中に即効でプノンペン往復のフライトを予約し、12/27(火)の夕方に何とか室蘭での仕事を終えて一旦帰宅し、翌朝(慌ただしい割にはしっかり釣竿をスーツケースに仕舞い込んで・・・)、一路、プノンペンに飛び立ったのだった。

頸動脈狭窄とは、頸動脈が狭くなり脳への血流が乏しくなってしまい、様々な症状が出る病気。外科的にはプラーク(血管を狭くしている原因の、いわば粥状のコレステロールの塊みたいなもの)ごと血管の内膜を剥離するが、カテーテル治療ではステントと呼ばれる金属製の筒を留置して血管を広げることで血液の流れを整流させる。

今回、このカテーテルによる手術が、実はカンボジア国内で初めての出来事だった。すなわち、カンボジアの医療発展の歴史の大きな一歩に、幸運にも立ち会えたことになる。

私は医者ではないので私自身が手術する訳ではない。しかし、医師は私が作った画像を見て病変を把握し、必要な部位を計測して留置するデバイスのサイズを決定する。ましてや、手術中に装置にトラブルが生じたら手術自体が行えなくなる・・・ 執刀医には及ばないにしても、それなりに重要な役割を担っている。

装置の設定が悪かった・・・、装置の使用に不慣れで治療に失敗した・・・、なんてことは絶対に許されず、何としても成功させなければならない。手術成功のために万全の体制を作り、且つ、最大限のサポートを・・・、これこそが、私がカンボジアに出向いた理由に他ならない。

そして、手術は成功裏に終了し、医師と病院スタッフは笑顔に包まれた。当日夜は病院スタッフ数名との祝勝会で、夜遅くまで楽しく盛り上がることができた。

さて、せっかくの機会なので、少しだけ病院の雰囲気をご紹介させて頂きたい。
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歴史的に大きな一歩を達成する直前の手術室の光景。あえてモノクロにさせて頂く。
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共にサポートしたバンコクから来た我が相棒。彼女はASEAN各国(タイ、マレーシア、ベトナム、シンガポール、インドネシア等々)を毎日のように飛び回っている。
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とても綺麗な病院ロビー。奥には素敵なカフェがある。
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ラウンジのような患者待合ロビー。
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ご興味がある方は、是非こちらの動画もご覧頂ければと思う。病院のオープンセレモニーの様子。今回の執刀医だった院長の御姿もたくさん写っている。



‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

12/30(土)のこと、仕事の全行程を終えて、タクシーに乗り込みプノンペン空港に移動。渋滞で2時間近くかかったが、これまた気の良いドライバーでずっとおしゃべりを楽しむことができた。

ビールがこの上なく好きという彼と、ビールの話で散々盛り上がっていたら、思わずお土産に持ち帰りたくなってしまい、空港近くの小さな店に立ち寄ってもらった。店員に英語は全く通じず、やむなく自分自身で小さな店を見渡すも、どう見ても箱のビールしか売っていない。24缶入りで約1000円。時間も無かったので、思わずその箱を抱えてタクシーに急ぎ足で戻った。

程なくして空港に到着。その箱の中から10缶だけ自分用に抜いて、残りのビールは、ドライバーへのチップにすることにした。

GC:色々と親切にしてくれてありがとうございました。このビールの箱、御礼のチップ替りです。
Driver:僕は長年ドライバーをやっていますが、ビールでチップ払うお客様は貴方が初めてです・・・
GC: ・・・(笑)  6$相当だからそんなに悪くないチップでしょ~♪ 楽しんでくださいね。

お蔭で、彼の脳裏には私の記憶がしっかりと刻まれた模様。再会を約束して、握手と共にお別れした。

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帰宅は大晦日になる。近代的なプノンペン空港にてホッと一息付き、独りで祝杯。やっぱりモヒートには白いラムの方が似合うようだ・・・(笑)
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(この記事をアップした1/26は、なぜかカタールの首都であるドーハのホテルに居る。自分自身、いま何故ここに居るのか、何とも理解し難い状況に絶句せざるをえない・・・)





プノンペンのグルメ ~後編~

12月30日(土)。

(再び、最初にお断り申し上げます。文中に出てくる食べ物の写真がちょっと苦手な方もいらっしゃるかもしれません・・・)

カンボジアはプノンペン出張の最終日。

毎度ながら、トゥクトゥクタクシーで出勤。英語を話すことができる人懐っこいドライバーで、帰りにも迎えに来てくれると言う。往復で10$(USD)を要求してきたが、5$ならOKと返すとあっさりと承諾。仕事場に到着し、とりあえず3$渡して、携帯番号を教えてもらった。

前日の大仕事を終えて安堵の病院スタッフ。今後の緊急時に備えたトレーニングをいくつか実施させて頂き、15時くらいに仕事を終わることができた。

さて、ホテルに帰って荷造りするとしよう・・・。しかし、タクシーのドライバーに電話を鳴らすも応答なし。しばらく経っても状況変わらず・・・

『ならば歩いてみるか!!』

乾季のプノンペン。朝晩は涼しいくらい。日中は暑くて汗ばむ程の陽気ではあるが、風も心地良く、1kmくらいなら歩けそうな気持ち良い景色。
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そして、一昨日の夜に訪れたレストランに再訪。先にもご紹介した炭火のコンロ。
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お決まりのメニューを頼み・・・
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前回はお腹一杯になって食べることができなかったメニューに挑戦。鳥の丸焼き。
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肉質のみならず味付けも焼き加減も素晴らしく、お腹の中の卵の部分もすこぶる美味しかった。
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一通り食べ終えて、ちまちまと野菜を摘まみつつビールを飲んでいると、道路側からクラクションが聴こえる。見覚えのあるシャツだなぁ・・・と思ったら、あのドライバー。トゥクトゥクを置いて私のテーブルにやってきた。

GC:何度も電話鳴らしたんだよ~ ほら、僕の携帯見てみてよ(6~7回くらいの発信履歴を見せた)
Driver:気づかなかったよ・・・ごめん。空港まで送ろうか?
GC:ホテルのタクシーで移動するから大丈夫・・・

ちょっと残念そうな表情のドライバー。最後に、お互いのゲンコツとゲンコツをコツンと合わせる挨拶をして別れた。

そして、ホテルに到着。まだ小腹が空いていたので、思わずフォーをルームサービス。つい先ほどまで飲んでいた常温のビールも、やっぱり冷やした方が断然美味しかった・・・(笑)
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‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 (そもそも、なぜカンボジアに行ったのか・・・ 完結編に続く)






プノンペンのグルメ ~前編~

12月28日(木)。

(最初にお断り申し上げます。文中に出てくる食べ物の写真がちょっと苦手な方もいらっしゃるかもしれません・・・)

カンボジアはプノンペンへの出張の初日。夕刻に空港に到着し、タクシーでホテルに向かった。反対側の車線は大渋滞。夥しいバイクの数、そのほとんどが二人乗りや三人乗り。カンボジアを訪れたのは初めてだが、混沌とした街の景色を楽しみつつ、わずかな距離の割には随分と時間を要し、結局17時過ぎにホテルに到着した。

外国人宿泊者がメインだと思われる豪華なホテル。到着すると、入口のドアのところに立っていた現地人のホテルスタッフがドアを開けてくれて、にこやかに両手を合わせて挨拶してくれた。

残念ながら、ホテルでのんびりとしている訳にはいかない。早々に支度を済ませスーツを着込み仕事場の病院へ。仕事場まではわずか1km程度の距離なのだが、とりあえず歩くのも微妙な距離なので、目の前に止まっていたトゥクトゥクタクシーに乗りこんだ。

翌日に控えるカンボジアにおける歴史的な大仕事を前に色々と準備し、結局、終わったのは20時過ぎ。ご親切にも、病院側が帰りの車を手配して下さった。

その車が準備できるまでの間、職員食堂にて現地の人々と交流。独り夕食になるが故に、やはり事前情報が極めて大事。『ローカルフードが食べたい!!』との私の強い希望に対して、カンボジア人の医師と看護師がお勧めのレストランや食べ物を教えてくださった上に、御丁寧にメモ書きまで渡して頂くことができた。
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そして、いざ、レストランに到着。ホテルからは徒歩数分の距離。
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まずはビールで乾杯。残念ながらビールは常温。郷に入れば郷に従え・・・で冷たいビールは諦め、ペース良く美味しく摂取。
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レストランの光景。ちなみに、中央で肉を焼いている男性スタッフが使っているのは、いわゆる日本で言うところのBBQ用の炭火コンロ。さぞや美味しく焼けることだろう。
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興味深い食材が色々と飾られている。
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これはタニシだろうか?
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まずは私の大好物のカエル。姿焼きのスタイルで出てくるあたりが何ともカンボジアらしい。大好物が故にいきなり二尾オーダー。甘辛の味付けで何とも美味・・・そして、ビールが進む。ドクダミのような香りがするハーブも付いてきた。
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そして、念願だったパロット(・・・と呼ぶのだろうか?)。取敢えず1つオーダーしただけなのに、目の前に5個も茹でたてのものを置いてくれた。

食べ方すらわからない状態でオーダーしたので、身振り手振りで店員に食べ方を教えて欲しいと伝えてみた。すると、スプーンの角で先端の殻を壊して、後はスプーンで掬って食べろ・・・みたいなことを言いつつ、実演して下さった。

まずはそのまま一口。もはやこれはいわゆるタマゴではない。雛になる前の“成り掛け”の雛・・・どちらかと言えば肉に相当するのか・・・けど、ボソボソになった黄身の部分も残っている。
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続いて、塩コショウをパラパラと振りかけて賞味。こちらの食べ方の方がやっぱり美味しいと思う。そして、あっという間に完食。これがもしも卵であれば、コレステロールが気になるが故に2個目は気が引けるのだが、若鶏だと思えば全然気にならない。迷わず2個目のパロットに手を伸ばした。

頭蓋骨と思われるものや骨のような部位もあるにはあるのだが、あまり気にせず全て食べることができる。食べている途中で気づいたのだが、殻の内側に発達した血管が残っていた。
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   (グルメ・後編に続く)






プロフィール

Green Cherokee

Author:Green Cherokee
東京都武蔵野市在住。S40年7月生まれ。
元より雑魚(Zacco)が大好きでちょくちょくミャク釣りを楽しんでいましたが、ひょんなことからFly Fishingに転向。安近短の里川で2011年夏よりZacco Fly Fishingをスタート。
釣りだけでなく野草やキノコも大好き。身近な里川の四季の変化を愉しみつつ、水面や地面に眼を走らせています。
愛車は、2000年式の緑色のJeep Cherokee。極めて非経済的な車で、あちこちガタが来ていますがそれでも偏愛しており、他に魅力的な車が見つからず困っています・・・

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