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湧水の川を横切っていた当時の引き込み線を想いつつ・・・

1月14日(日)。

中島飛行機武蔵製作所から北に延びる引き込み線を辿る散歩の続き。

『こぶし沢』の水源となる竹林公園に立ち寄ってみた。
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約2000本の孟宗竹の林の中に歩道が作られている。なかなか良い雰囲気。
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この林の脇の数か所から滾々と湧水が湧いている。このすぐ近くの南沢にも大きな湧水群があるが、そこの湧水は市内の水道水にも配水されている。
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『こぶし沢』の澄んだ水。いつも癒される大好きな光景。
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そして、その澄んだ水は、我がHome Riverに滾々と流れ込む。
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その途中にある、引き込み線の橋脚の一部。何度も眺めている光景なのに、これが橋脚の一部だと初めて理解できた次第。
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もしかしたら、この柱は当時の枕木だろうか?
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そして、我がHome Riverを挟んだ反対側にも、如何にも線路だった痕跡が思いっきり残されているが、ここにも枕木らしきものが立てられている。今にして思えば、我がHome Riverには比較的大きな橋が架けられていた模様。
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引き込み線を辿る散歩は終了。もう一本のHome Riverの上流部に居る釣友を訪ねることにした。途中のコンビニでつまらないスィーツなどを仕入れつつ・・・

到着するや否や、すぐに、うおのめマスターが美味しいコーヒーを淹れてくれた。てんからくんも交えて、安っぽいスィーツをもぐもぐしつつ談笑。寒い日だったが無風であり、背中に当たる日差しが心地良かった。
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うおさんロッドでカワムツを一尾だけ釣らせて頂き、夕暮れ時に中座した。
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‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

今から70年程前は、この湧水の川を横切るように引き込み線が敷かれ、零戦に纏わるパーツや材料を運ぶ古き電車が何万往復も往来していたのだろう。 この湧水群が育む綺麗な里川に通い始めて早20年以上・・・この日まで全く知らなかった。
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その頃の我がHome Riverは今と比べるともっと蛇行していたし、そもそも、川のカーブ自体が異なっていた。
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今のような”つまらない”柵なんかも無ければ、きっと河岸のコンクリートもなく、川との高低差も無かったのかもしれない。その頃も原種のオイカワやカワムツは元気にライズを繰り返していたに違いない。クレソンやオオカワジシャのみならず、水中で勢いを増しているオオカナダモも自生していなかったことだろう。

その頃の春麗な綺麗な湧水の川を拝んでみたい。しかし、それは絶対に叶わないことなので、このテキサス大学の古い地図を片手に当時の流れを想像しつつ、今後も川沿いを歩き続けて行きたいと思う。

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親愛なる読者の皆様へ

初日の出をきっかけに始まりました、引き込み線を辿る散歩。
見慣れた街なのに新たな発見があり、個人的にはとても面白かったです。
つまらない記事にも関わらず、最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました。





グリーンパークから北に伸びる引き込み線の痕跡を辿る

1月14日(日)。

気温は低かったが風も穏やかな晴天。絶好の釣り日和なのだが、持病の腰痛が一向に良くならない・・・。だからと言って家でダラダラしていると身体が固まってしまい余計に酷くなる一方なので、カメラ片手に自転車に跨った。

さて、今回は現・グリーンパーク、旧・中島飛行機武蔵製作所から北に延びる引き込み線を辿ってみることにしよう。

しかし、旧・拙宅周辺をくまなく周ってみたものの痕跡は皆無。西武新宿線を潜る辺りなら何か残っているかもしれない・・・と思いつつ移動した。
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テキサス大学の古い地図をプリントアウトして時折見比べながら、どうみてもこの道以外には有り得ない・・・という緩やかな坂道の路地を進んでみた。
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すると、線路を潜るすぐ手前に・・・あった、あった、『工』の刻印の旧国鉄の境界杭。この境界杭を巡り始めて思ったことだが、道路にはみ出すように不自然に残されていることがある。当時この道路を工事した人々が、“後世の人のためにやっぱりこの杭を残しておこう”、とでも思ったのだろうか? もしもそうだとしたら、なかなか素敵な気遣いだと思う。
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きっとこの路地も昔は線路だったのかもしれない。左に古い社がある。
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この周囲の路地をくまなく巡ってみたが、明らかに線路跡と思えるような痕跡は見つけられなかった。線路跡は諦め、いつも我がHome Riverに行く前に横切る社を訪れてみた。
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古い地図では小さな路地が不思議な形で交差しているが、今尚、全く同じ形の道路が走っている。
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そこに、こんな解説が載っていた。古い地図によれば、この周囲にも小さな軍需工場がいくつか見受けられた。そのために米軍の爆撃を受けたらしい。元は6本あった腕が、爆撃で3本を失ったと書いてあった。今から72年前、この像は腕を失いつつも、この場所で戦火を見つめていたのだろう。
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続いて、元・石川島播磨重工・田無工場から東久留米駅方面に延びる引き込み線を辿ってみた。戦前は、中島飛行機の下請けである豊和産業という会社があった場所。キャブレターや高圧ポンプ等を製造していたらしい。地図の右上には、現・ひばりヶ丘駅があるが、この地図によれば、昔は田無町と呼ばれていたらしい。
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この引き込み線跡は、極めて分かり易い状態で残されていた。散歩道として残されており、その筋に沿って送電線が走っていた。
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全く地図の通り。電車に乗っている気分でペダルを漕いだ。
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散歩道をどんどん北に進む。
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ふと、見慣れた場所に出た。こぶし沢の上流にあたる位置。
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相変わらず澄んだ湧水。陽光を浴びて煌いていた。
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沢沿いにフキノトウを見つけた。小さな春を見つけて嬉しくなった。
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さて、沢の終点にある我がHome Riverを横切って更に進み、釣友の顔を見に行くことにしよう。
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   (続く)






グリーンパーク周辺の引き込み線の痕跡を辿る

1月7日(日)。

朝から無風の晴天だったが寒かった一日。溜まりに溜まった昨年分の出張精算に朝から取り込み、一区切り付いたのは既に昼過ぎ。

正月休みの後に長時間睡眠が身体が馴染んでしまい、いつも寝起きに酷い腰痛に悩ませられる日々・・・ 食っちゃ寝ばかりでは快方に向かう訳はなく、やっぱり身体を動かすのが一番。

・・・ということで、自転車で繰り出すことにした。ロッドは不携帯。まずは、先日から気になっている中島飛行機への引き込み線の痕跡確認のために、拙宅至近のグリーンパークへ。
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グリーンパークに隣接している都立武蔵野北高等学校。この校内を引き込み線が走っていた。
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北高の手前にこんな大木がある。この大木の横を引き込み線が走っていたはず。
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そのすぐ横に、とても不自然なコンクリートの残骸がある。
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テキサス大学所有の米軍が作成した昔の地図によれば、この赤い○印あたりに相当する。当時の建物の基礎だろうか・・・? ちなみに、
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この公園一帯には秘密の地下道がある。そのまま埋め尽くされ未発掘とのことだが、歴史を遡るべく、いつの日か発掘される日も来るであろう。
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現・スバルの社宅あたりの光景。この不自然な土地の活用の仕方に、きっと過去に何か理由があると長年思っていたが、なるほど、線路が大きくカーブして、中島飛行機武蔵製作所構内に入るエリアだった。
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さてと・・・ 7km先に居る釣友に謹賀新年のご挨拶をするとしよう。腰痛で固まった身体を解すにはちょうど良い距離。

寒風に晒されつつも適度に汗ばんだ頃に横切った、我が『愛でるだけの』Home River。この川の美しさは天下一品だと思う。ここでは一生ロッドを振ることはない。個人的に温かく見守っていくつもり。
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そして、我が『Zacco FF』のHome Riverに行き着き、上流に居る釣友の下へ遡上した。

まずは、numassan(さん)に謹賀新年のご挨拶。川に立ち込んで下流にグリフィスナットを流していた。この釣法なら河岸が狭いこのポイントでも安全に釣りができる。 お話を伺うと激渋とのことだが、それでも既に数尾をゲットされた模様。
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続いて、テンカラくんにご挨拶。毎度ながらの綺麗なキャストで、決してラインが柵の外に越えて行かないように注意している。 そして、私の目の前で見事に一尾をゲット!!
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そして、墨田区からお越しのお初のFly FisherのTさん。Zacco FFを初めて一年未満とのことだが、埼玉県草加市のFly Shopからこのポイントを教わったとのこと・・・。とても小さなポイントだが、どうやら有名なポイントらしい。Tさんのようにマナーが素晴らしいFly Fisherならたくさんお越し頂きたいと思う。

小型ながら、私の目の前で一尾をゲット。微笑むTさん。笑顔が素敵なFly Fisherだった。
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夕闇迫る頃、皆様にお別れを告げて帰路に付いた。晩酌のツマミを川辺で採取しようと思いつつ何も採取できなかったので、拙宅至近の八百屋を覗くと、何とも見事なウドが・・・!! 店員のおばちゃんが、このウドの凄さを力説している。料理方法を御丁寧に説明してくれようとしたので、『知ってます。僕は野生のウドも採取しているんです』、と応えた。
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帰宅して取り急ぎ、豚肉との油炒め、そして、三杯酢和えを作った。敢えて言及する必要はないくらいに美味。これでも全体の半分も使用していない。釣友からの頂き物である地ビールと共に賞味。酵母の効いたとても美味しいビールだった。
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その翌日。太い軸の部分の油炒め。見た目はメンマやヤーコンだが、この美味さはここでの言及は難しいくらい。山口県が誇る五橋(five)と共に賞味。
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‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

さて、引き込み線の続きだが、拙宅から北に延びる線路跡はどうなっているのだろう? 住宅街が続くために痕跡はほとんど残されていない模様だが、近いうちにゆっくりと巡ってみたいと思う。
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2018年初のZacco Fly Fishing

1月3日(水)。

正月休み最終日。思い返せば、昨年の正月休みは、大晦日に帰国、元旦からぎっくり腰で動けない日々・・・と、最低の休暇だった。

昨年に比べれば極楽のような正月休み。おまけに、元旦から極めて穏やかな小春日和だったので、前記事の通り、気持ち良く歴史を辿る散歩まで愉しむことができた。

そしてこの日、2018年・初釣行の日がやってきた。山陰地方の高校から帰省しているヤマメ愛くんと、我がHome Riverでの釣り初めの約束。光栄にも、うおさんにもご同行頂けることになった。

しかし・・・あろうことか、朝からまさかの強風。前日の天気予報では12m/secの風が吹く・・・との予報もあり、最悪の場合はランチだけで終わろうと思い、三が日に営業していて、且つ、育ち盛りの高校生が美味しくモリモリと食べられそうなレストランを色々と物色していた。

・・・という訳で、そのレストラン前にて正午に集合。そして、謹賀新年のご挨拶。

早速、メニューを物色。老眼鏡がないと文字が読めず、ヤマメ愛くんに読んで貰っている私・・・(笑)
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(うおさん撮影)

話を聞くと、ヤマメ愛くんは朝から強風の中でもがきながら釣行していたとのこと。釣果は激渋だったようだが、既に懐かしい景色の中でロッドを振ることができていた安堵感から(いや、その安堵感が無かったとしても・・・)、思わず、大人はビールで乾杯・・・(笑)
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おかわりの青島ビールの背景で微笑むヤマメ愛くんと私・・・うおさんに素敵な構図で切り取って頂いた。
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(うおさん撮影)

さて、お腹もいっぱい。確かに強風とは言え、風速6~7m/secくらいだろうか・・・。せっかくの機会なので、ロッドを振ってみることにした。河岸を遡上するうおさんとヤマメ愛くん。
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ヤマメ愛くんを見守るうおさん。
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隙間ポイントにウェットフライを流していたら、交通事故的に釣れてしまった私・・・。極小サイズとは言え、2018年の一尾目なので記念撮影。
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うおさんもロッドを振る真似をしているが、元旦に釣り初めを完了しており、2018年・初釣りの我々のために、ほとんどの時間をガイドに徹して頂き、感謝、感謝・・・
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ヤマメ愛くんの背中にエールを送る。
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『この流れに魚は付いているはず!!』。 そう言葉を発したヤマメ愛くんがウェットに結び替えて数頭目!!
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『良かった、良かった・・・』。 小型サイズとは言え、ゼロとイチの差は極めて大きい・・・
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せっかくの初釣り。良型の綺麗なオイカワで締めて貰いたい・・・
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・・・とは言え、この強風と寒空。うおさんも最大限のエールを送っていたが、敢え無く時間切れ。
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これから都内で開催される先輩達との建設的な会合に繰り出すヤマメ愛くんを、うおさんと共に見送った。大学受験を迎えるヤマメ愛くんと次回にご一緒できるのはいつだろうか・・・? 魚も川も逃げないので、まずはしっかり勉強して栄冠を掴んで欲しい。
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釣果はともかく、ヤマメ愛くんの2018年釣り初めを見届けることができ、気持ち的には極めて朗らかだった。うおさんも全く同じ気持ちだったようで、二人とも何となく名残惜しく、そのまま居酒屋へ突入。
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あまりに愉し過ぎて、良いペースで飲み進める二人だった・・・

‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

うおさん
この日は寒空の下でガイドに徹して頂き、本当にありがとうございました。お蔭様でヤマメ愛くんの釣り初めも見届けられましたし、私自身も初魚に出逢えました。
その後の飲み会が愉し過ぎて・・・ 今尚思いだし、ニヤニヤしている日々です・・・(笑)
重ねまして、本当にありがとうございました!!

ヤマメ愛くん
強風には泣かされたけど、懐かしいHome Riverで貴重な一尾に出逢えて本当に良かった!! 素敵なお土産も本当にありがとう。
文中にも書いたけど、川も魚も逃げないので、しっかり集中して勉強して、是非とも栄冠を勝ち取ってね。おじさん&おじさん『達』はいつでも応援しています!!





中島飛行機武蔵製作所への引き込み線跡を探訪

中島飛行機武蔵製作所への引き込み線跡を巡る、元旦午後の散歩。

拙宅から徒歩5分の距離のグリーンパーク(武蔵野中央公園)。前回に記載した通り、都心近くにしては広大な平地だけの公園。お蔭様で、息子が小さい頃はかなり利用させて貰った。
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(2012年夏の写真。フラッグフットボールを投じる息子)

この場所は中島飛行機武蔵製作所があった場所。自動車で有名なスバルの前身となる会社。ここではエンジンを開発製造していた模様。ゼロ戦のエンジンは空冷複列星型14気筒。私はエンジンにあまり詳しくはないが、スバルの十八番である水平対向がベースになっているらしい。

以下は1947年の航空写真。中島飛行機は写真の中央。
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ちなみに、現在はこんな感じ。中島飛行機がそっくりそのまま公園になっている。ちなみに、とても小さく拙宅も写っている。
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昭和19年11月24日から終戦までの間に十数回の爆撃を受け爆弾五百発以上が命中し、200名以上の殉職者と500名以上の負傷者を出して工場は全くの廃墟と化した・・・とのこと。悲しい歴史のある場所である。道理で不発弾が眠っている訳だ。ちなみに、過去二回ほど不発弾撤去作業のために退去したことがある。
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(WEBから引用)

今回、この中島飛行機までの引き込み線のことを色々と調べていたところ、とても面白い情報に辿りつくことができた。1947年に米軍が製作したこの界隈の地図。WEBで検索するだけで様々な情報を入手できる現代は、何とも便利な世の中だと思う(その分、余計な情報も溢れ過ぎてはいるが・・・)。

この地図は、米国はテキサス大学のサイトに載っている。教育目的であれば流用して構わないと記載されている。拙ブログは教育マテリアルとは異なるが、何方かの参考になるかもしれないし、非営利目的であることに変わりはなので、遠慮なく活用させて頂く。

MAP①。武蔵境駅から境浄水場、そして、中島飛行機までの引き込み線(途中まで)。
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MAP②。上記の中島飛行機までの引き込み線。
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実は何の変哲も無い、いつも自転車で通る通勤経路なのだが、こんなことを考えながら通ることは初めての経験。カメラを片手にゆっくり走ってみた。

まずは、武蔵境駅付近。境浄水場までの引き込み線跡を辿ってみる。
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確かに、旧国鉄の境界杭が残っていた。何十回も通ったことがあるのに、視点を変えると新たに気付いてくるものがあって面白い。
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昭和の時代の電車に乗っている気分で撮影。
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これは、境界杭ではないかもしれないが・・・なぜ残っているのだろう・・・?
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通い慣れた街路樹。
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過去に何回か拾わせて貰ったことがあるマテバシイ。待てばシイの実のように美味しく食べられるドングリ・・・の意味(葉がマテバガイに似ているという説もある)。
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これも境界杭ではないとは思われるが・・・何となく風情がある。
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そして、玉川上水に突き当たる。この場所も何度も見ていたはずなのに・・・確かに、橋梁の跡があった。
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地図が示す通り、橋の先がそのまま浄水場に入り込む。なるほど・・・この不自然な出っ張りも線路跡だったのか・・・。
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近くにあった案内地図。線路が走っていた場所は街路樹のようになっていてわかりやすい。
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さて、中島飛行機までの引き込み線跡を辿ってみよう。
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もう何百回以上も渡っている橋なのに、こんな橋梁跡が残っていたなんて、全く気付かなかった。
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たくさんの鯉が近づいてきた。きっと餌付けされているのだろう。ここでロッドを振ったら顰蹙を買いそう・・・
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ここまで分かり易く残っているのに、意外にも気づかないもの・・・
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途中に小さな公園があるのだが、ここの近くにこんな地図が載っていた。横の解説文を読むと、せっかくの迎撃も相手に届かなかったらしい・・・悲しい歴史。
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昨年夏はあちこちにキノコが生えていた場所。美味しそうなナラタケの株を見つけたこともあるが、如何にも犬が通る場所なので採取は控えていた・・・
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そして、グリーンパーク入口にて散歩を終了。自転車の前輪位置にある境界杭は、確か、我が息子が小さな頃に登ってたことがあるような記憶が・・・
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‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

せっかくの正月休み。正月番組にもあまり興味はないし、かと言って、家でダラダラしているのも勿体ないので、ちょっと変わった視点で色々と調べものをしてみた次第。

実は、この記事を書いている途中、テキサス大学の地図をしげしげと眺めているうちに、別の引き込み線の存在にも気づいてしまった。ここはまさに旧宅の場所。なんと、以前はこの線路跡の上に住んでいたことになる・・・(笑)
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いずれ、時間がある時に線路跡を歩いてみたいと思う。






プロフィール

Green Cherokee

Author:Green Cherokee
東京都武蔵野市在住。S40年7月生まれ。
元より雑魚(Zacco)が大好きでちょくちょくミャク釣りを楽しんでいましたが、ひょんなことからFly Fishingに転向。安近短の里川で2011年夏よりZacco Fly Fishingをスタート。
釣りだけでなく野草やキノコも大好き。身近な里川の四季の変化を愉しみつつ、水面や地面に眼を走らせています。
愛車は、2000年式の緑色のJeep Cherokee。極めて非経済的な車で、あちこちガタが来ていますがそれでも偏愛しており、他に魅力的な車が見つからず困っています・・・

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